12月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

2020年も最終日になりましたが、今月もいつも通りの月間振り返りをいつも通り行います。

社会人最長走行距離になった12月のトレーニング

まず、なんといっても今月は今年初めて走行距離が月間400kmを超え、しかもこの410kmというのはおそらく社会人になって最長の走行距離だったと記憶しています。

10年くらい前の8月に、一度400kmを超えたことがありましたがその時も400kmをほんの少し超えただけ、しかもこの時は全てジョグでの記録でした。

しかし今月はレースが2回あり、かつそのためにQデーを減らしたり走行距離を減らして調整することもなく、ダニエルズのマラソントレーニングの計画通り行っての400km越えでした。

これまでであればこんなことは絶対に不可能で、仮に練習量を落とさずにレースを迎えようものなら、終盤ペースがガクッと落ちるような目も当てられない大撃沈を見ることになりました。

12月の最後に行われたレースは10kmという比較的長めの距離でしたし、その中でネガティブスプリットを維持できたということは、こうした練習の疲れの影響はほとんどなかったと思われます。

何度も繰り返してきましたが、やはり疲労しにくく回復しやすい脚ができてきたことが、ランマニアの疲労体質の「疲労」に対しても効果があったと考えられます。

慢性疲労を発症した際には、とにかく「休む」というアプローチしか選択肢がなく、当然無理をすればすぐにぶり返すことを繰り返してきたのですが、練習を再開できるようになりここまで長く続けてきたことで、今度は自身の体力(この場合は脚や筋、神経系の持久力とでも言いましょうか)を高めることが、結果的に「疲れにくさ」を獲得することにつながったのではないかと、今の体の感覚からは考えています。

マラソントレーニングらしく、MとTの割合が一気に増えてきました。その中でLT走に混ざってレペティションの頻度もそこそこあり、それがいきなりセンゴを走ってもなんとなかった要因かと。

今月はQデーにおけるTペースインターバル(クルーインターバル)の距離と本数がかなり増え、正直相当しんどい練習になったのですが、振り返ってみるとこの週の練習でかなり脚ができてきた気がしています。

このダニエルズさんのプログラムは、最もきついTペースの週が終わると翌週はまるまるEランニングだけの週になるのですが、この週に結構脚を休ませることができ、その間に体が超回復している印象を持ちました。

つまり、1ヶ月頑張ると、次の月を迎える頃には「ワンランク強くなっている」というわけです(本当にワンランク上の練習ができるようになるのです。これには自分自身びっくり)。

一月頑張ると、翌月はさらにワンランク上の練習ができるようになる、というのが如実に現れているグラフ

さて、こうして新たな挑戦がどうにか実を結んだ2020年でしたが、とにかく大きな故障をせずに終えられたことが何よりです。

来週からさらにこのプログラムのボリュームが増えていくのですが、そこで脚にかかった負荷は、次のQデーまでのジョグのペースや距離を調整してうまく回復させていくつもりです。

先日の10kmの疲労が結構残っているので、今週はたまたまEペースランニングのみの週で助かりました。正月休みを利用して心身ともに一度リセットして、休み明けからまた体を追い込んでいこうと思います。

2020年を振り返ってみました

こんにちは、ランマニアです。

さて今年も残り2日となりましたが、とにかくこの2020年はランマニアにとってエキサイティングな1年となったのですね。

まず今年は一念発起して、本ブログとTwitterをこの歳になって始めてみました。

以前から知り合い向けの非常に世界の狭いブログは発信していたものの、本ブログのような世界中の(といっても日本の人しか知らないと思いますが)誰もが見れるブログ、読み手にとってブロガーが全く赤の他人で素性の知れない人間、という状態で書くブログというのは初めてのことでした。

始めた頃は公開することに大変勇気が要りましたし、そして初めの数週間はどこにも引っ掛からず全世界でPV 0という状態がずっと続きましたからね。これは本当に厳しい現実でした。

しかし、さらに大きな一歩を踏み出してTwitterなるものに挑戦してみたところ、こちらも初めこそ「いいね0」「フォロワー0」が続いたものの、しばらく続けているうちに非常に多くの方と交流することができ、こんな一市民ランナー(しかもいい歳したおっさん)の練習内容や呟きに関心を持っていただける方にも恵まれました。

これはまさに2020年最大のニュースでしたね。

そしてそれらをきっかけに、これまで取り組んだことのなかった(というより無理だと思っていた)練習メニューにも挑戦することになり、結果的にそれを通年継続することができ、多くのレースで手応えを掴むことができました。

まずはスカイランニング。

残念ながら昨年Aチームに入ることのできたJSAのジャパンシリーズは中止となってしまいましたが、幸いレース自体はいくつも開催され、10月からほぼ毎週のようにレースに参加することができました。

特に、今年は本格的に「バーティカル」レースにも参加しようと思い、日本選手権ともなった尾瀬岩鞍バーティカル、そして初のコンバインド参戦となった烏帽子バーティカルの2レースを走ることができました。

スカイランニング初戦となった尾瀬岩鞍バーティカルレース。坂という坂が全て急登、そして途中にその下りも存在し想像以上にテクニカルなコースでした。(名物「ジャイアントウォール」はむしろおまけ)

尾瀬岩鞍は、さすが日本選手権とも言える豪華メンバー勢揃いで、順位的には全く歯が立ちませんでしたが(40位以降)、序盤から攻めた走りをして心肺をかなり追い込むことができました。「短くて速い」バーティカルレースは、どちらかというと若い人の方がパフォーマンスを発揮しやすい印象を持っていますが、そうした中でまだまだ心肺機能をフルに使って戦えることがわかったことは大きな収穫でした。

尾瀬岩鞍のコースは、とにかく坂が全て急勾配。この、まさに立ちはだかる壁に挑戦するのが、尾瀬岩鞍最大の特徴であり難しさ、そして魅力であると思っています。

烏帽子バーティカルは、これぞスカイランニングと呼ぶにふさわしい、まさに空に向かって駆け上がる登山競走。

そして2つ目は昨年も出場した烏帽子バーティカル。勾配はやや緩やかながら、一定の苦しさを60分以上維持しなければならない、バーティカルとしては比較的距離の長いバーティカルレース。しかし、むしろ長距離ランナーとしての有酸素能力や無酸素性作業閾値がかなり活きてくるコースであるため、ランマニア的には自分の力をフルに使って走ることができるとても好きなコースです。

昨年は目標の30位以内に入り、今年はさらに上を目指し20位以内を目指したところ、なんとか昨年の記録を上回り20位以内に滑り込むことができました。これは相当自信になりました。

続いてスカイレース。

こちらも2戦に出場しました。

志賀高原エクストリームトレイルは、過去あまりいい思い出がないレースですが、ランマニア的にはとても気に入っているコース。色々な意味で「エクストリーム」ですが、目まぐるしく変化するコースが最大の魅力だと思っています。

1戦目はもう3度目の挑戦となる志賀高原エクストリームトレイル。一昨年はコースロスト、昨年は終盤低血糖に陥り、とにかく毎年このエクストリームなコースに打ちのめされてきました。

今年は長距離ランナーとしての練習をかなり積めてきたので、この30km以上のトレイルコースをしっかり走りきれるかある意味楽しみでした。

結果は、最終盤の山場「サンバレースキー場」の激坂も半分以上走り通すことができ、最後はキロ5分程度のペースを維持してゴールまで走り切ることができました。歩行区間が2箇所に増えたにもかかわらずコースベストを出すこともでき、この辺りから練習の手応えも感じていたところでした。

今年から正式種目になった烏帽子スカイレース。前日のバーティカルとは逆側から烏帽子岳を一気に駆け上り、下山後はなんとロードレースと化す非常にエキサイティングなスカイレースです。

そして2戦目は前日のバーティカルとのコンバインドとなった烏帽子スカイレース。以前のランマニアなら、絶対にコンバインド(2日連続2種目レース)など不可能でしたが、本当に今年はいわゆる「脚ができて」きた感覚を得ていたので、思い切って2種目にエントリーしてみたのですね。

結果は、2日目のスカイレースでも20位以内に入ることができ、コンバインドとしても十分すぎる結果を残すことができました。前日のバーティカルの疲労を、なんとか1日で回復させられるような脚ができてきたんだと、この時はとても大きな手応えを感じました。

そして今年はトラックレースにも2戦出場しました(マイルリレーを入れると3戦ですが・・)。ゴセンとセンゴです。

織田フィールドは学生時代5000mのPB(つまり今のPB)を出した思い出深い競技場。

1戦目はM×Kディスタンスの5000m(公認)です。

この5000mという種目は、自分の中でずっとこだわり続けてきた種目なので、何度走っても緊張しますし失敗するのがとても怖い種目なんですね。

特に、この時は志賀高原に出場した翌週のレースで、おそらくかなりの疲労が溜まっている中でしたから、正直しっかり走れる自信はなかったのです。

なんとなく脚は重いし、イメージする3分10秒ペースがとても速く感じていました。

結果的にどうにか16分11秒というここ数年では最も速いタイムを出すことができましたが、3分12秒ペースがとてつもなく速く感じてしまったのは少し残念でしたね。

そして2戦目は先日走った1500mです。

今にして思えば、全く実力通りのタイムだったのですが、4年半前のタイムを考えるとあまりにもかけ離れた記録だったため、ここで受けたショックは相当大きかったですね。

4分27秒。

いわゆるキロ3ですか。キロ3なんてかつてはインターバルで走ってたようなペースですからね。これでセンゴが精一杯、っていうのがかなり残念。

いずれにしても今の自分の最大の課題がわかったレースでした。

そして最後はつい先日のロードレース。今年唯一のロードレースとなってしまいました。

結果は先日書いた通り。久しぶりにネガティブスプリットでペースをコントロールできた、非常に満足度の高いレースとなりました。

ただし、その脚の余裕に比べて呼吸の方がリミットに近く、つまりは「長くは走れても速くは走れない」状態。センゴで課題になったことが10kmロードでも如実に現れた結果となりました。

さて、こうしてみると2020年、自分の中では確実に「走れる脚」が出来上がり、練習量や距離に対してだいぶ自信がついてきた一年でした。

その一方で、高強度の練習が不足しているため、短時間で大量のエネルギーを産出させるようなエネルギー供給系に全く刺激が入っておらず、1500mや5000mのような比較的短い距離で出せるスピードが頭打ちになっている印象を持ちました(10kmでも、ある一定のペースを上回ると急激に苦しくなる)。

現在取り組んでいるダニエルズのマラソントレーニングは、まだあと2ヶ月ほど残っているので、ちょうど寒い冬の時期はこのトレーニングを継続し、フルマラソンをしっかり走りきれるような脚が出来上がったあたりで一旦休養を入れ、その後は少し短い距離で強度の高い練習に比重を置いて、もう一度トラックにも通用する体を作りたいと思っています。

それがそのまま2021年の目標になりますね。

改めて薄底について考えてみる

昨日のレースでも活躍してくれた旧世代のTakumi戦シリーズ

こんにちは、ランマニアです。

昨日のレースは地面がアスファルトのロードレース。しかも距離が10kmとそこそこ長いこともあり、当然のことながら走力を問わずほとんどのランナーが厚底シューズでレースに臨んでいました。

知り合いも皆ナイキやアディダスの厚底で、みなさん一様に「ランマニアさんは厚底履かないんですか?」と心配され。

確かに、こうして底の厚い靴に見慣れてくると、手にもつランマニアの「Takumi戦」シリーズの底の薄さは本当に頼りなく感じ、自分で選択しておきながら「本当にこれで大丈夫か?」と自分で心配になるほど。

しかし、実際にアップシューズからTakumi戦に履き替えて流しを入れてみると、やっぱりこのビュンビュンスピードが上がる感じは自分にはぴったりだな、と結局ここに落ち着いてしまうのですね。

ランマニアが本格的に陸上を始めた高校時代のレースでは、アシックスの「ソーティーマジック」という靴が席巻していて、他の練習シューズに比してはるかに高価な(12000円くらいだった記憶、なんという安さ!)レースシューズで、レースのような特別な時に履く靴、といった他のシューズとは一線を画す存在でした。

ランマニアも高校3年の頃に初めてこのソーティーマジックを購入し、以降大学生までこのソーティーシリーズでロードレースを走っていました。

このシューズ最大の特徴はその軽量さで、当時どの練習シューズよりも軽く、今のシューズで重視されているクッション性や反発力などほとんど皆無、とにかく軽さだけを追求したシューズでした。

また、それ以前からよりプロフェッショナルな雰囲気を醸し出していた「ソーティジャパン」シリーズよりもアウトソールのグリップ力が強化され、「軽くて物凄く力が加わる靴」というイメージの強いレースシューズでした。

以降、ランマニアは大学時代の箱根駅伝予選会20kmレースまでこのソーティーシリーズでロードレースを戦いました。20kmも!と思われるかもしれませんが、当時はソーティーでフルマラソンを走るのでさえ当然の世の中でしたから、20kmぐらいはなんでもないことだったのですね。当然、ラスト5kmあたりから物凄く足裏や下腿が痛くなってくるのですけど。

しかしとにかく、このソーティーシリーズの「空を飛ぶような軽さ」は、当時レースが特別なものとして実感できるツールの一つでして、練習では決して味わうことのできない「自分の本当の速さ」を体感できる貴重な時間だったわけです。本来なら、練習の時から短距離や中距離の選手がスパイクで練習をするように、我々もソーティーで練習する機会を持っていればよかったのですけどね。

そしてこの時のロードレースの体験がいつも頭にあるため、厚底が主流となった今となっても、どうしてもあの「飛ぶような走り」(厚底は“跳ぶような“走りなのでしょうか)を再現したく、今でもダイレクトに地面を掴んで蹴り上げることのできる底の薄い靴を選んでしまうのでしょう。

そうですね、ちょうどスポーツカーのホイールがタイヤいっぱいまでインチアップして、路面の感触がダイレクトに運転手に伝わってくる感覚、コーナーで全くゴムがたわむことなくボディをロールさせずに旋回するような感覚。ああいった感覚を走りの中でも得たい気持ちがどこかにあるのだと思います。

昨日も流しを入れながら、接地した瞬間に前足部が路面に吸い付き(Takumi戦シリーズは前足部にブーストフォームが入っていて接地の際路面に足裏がしっかり密着するようにできています)、アスファルトと相性のいいアウトソールのぶつぶつが路面をしっかり捉えて蹴り進むことができるのです。この感触がたまらなく気持ちが良く、「やっぱり今日もこれで走りたい」と思ってしまうのでした。

この僅かなブーストフォームのおかげで、体重がかかると足裏全体が路面に密着します

このスピードの出し方に慣れてしまっているランマニアが、もし厚底に移行しようとすれば、まず確実に走り方を変えなければならなくなります。厚底シューズを実際にしっかりと履いたことがないのでなんともいえませんが、あの形状と柔らかさから推測するに、おそらく足裏のトラクションをフルに利用して前に進もうとする今の走り方では、全く通用しないシューズであると考えられます。

しかし、やはり、というか当然というか、昨日のレースでも終盤の脚へかかる強い負荷は薄いソールならではのダメージの大きさで、次第に脚が止まってくるのも事実です。

しっかり路面を捉えて蹴り進む、ということは、それだけ力がロスしない、ということでもありますからね。下腿にかかる負荷、ダメージの大きさは想像以上のものがあります。

足裏のちょうど中間あたりが大きくすり減ってきているので、接地はフラット気味に修正された印象です

仮に、序盤の軽やかにかつ力強く地面を蹴れる状態が最後まで全く衰えることなく継続できるのであれば、昨日のタイムはもっと良かったに違いありません。それを可能にするのが厚底シューズなのでしょうけど。

その最後まで衰えない脚力、ダメージ耐性を靴で得るか、それとも練習によって得るか。

練習によって得ようとするのは並大抵のことではありません。あんなに練習したって、最後は脚が止まるのですから。

そう考えると効率よくタイムを向上させるには、厚底を選択することはとても手っ取り早い手段です。

しかし、ランマニアはこの最後まで衰えない脚力を、練習によって獲得したいと考えているのですね。その理由は昨日のブログに示した通りです。

薄底シューズは、そうした練習によって獲得されたダメージ耐性みたないものをとてもよく感じやすいシューズなのです。

まあ、簡単にいってみれば自己満です。もともとスポーツなんてものは自己満足の世界ですから、それでいいんだと思います。

しばらくレースもなく、また薄底シューズを試す機会もあまりない状況ですが、ひとまずしばらくは厚底シューズを購入してレースで使用する予定はありません。

とはいえ、昨今のランシュー事情を鑑みると、そんなランマニアが「まさかの厚底に」といった記事を書く日が来るのも時間の問題かもしれません。

3シーズンくらいはいてしまった現在のレースシューズ。いい加減引退させます。次もTakumi戦シリーズかもしかしたらニューバランスあたりでしょうか。

川内杯栗橋関所マラソンに出場してきました

今年もほとんと風の吹かない好条件

こんにちは、ランマニアです。

さて、今日は今年最後のレース栗橋関所マラソン10kmに出走してきました。

昨年初めてこのレースに出場して、公認ではないものの、完全フラット河川敷折り返しコースで距離表示も正確、そして比較的ハイレベルなランナーが集まることで集団で競り合いながらレースを展開できる、非常に走りやすい10kmロードという印象を持ったレースでした。

昨年はインフルエンザ明けで体が動かず、かつ今年ほど練習を積んでいなかったこともあり、集団で先頭を入れ替えながら比較的ペースを維持しやすかったものの、タイムは34分を超えてしまい、走りの手応えよりは結果が伴わなかった印象の残るレースとなりました。

一転して今年はかなりの練習を積めてきた状態、しかも健康上の問題もなく、練習の疲労さえ影響しなければそれなりの結果は出さないといけないような条件の整った状態でレースを迎えることになったのですね。

アップの時は思ったよりも体がだるく、いつも調子のバロメーターにしているアップのペースも、キロ5分半近くかかってしまっていたことから、やはり先週のLTインターバルの疲労がちょうど出てきた頃かな、と少しネガティブになっていました。

とはいえ、これまでもQデーの日がだるくて仕方がなくても、走り出してしまえばそこそこの練習ができていたことを思い出し、今日も序盤のペースさえ間違えなければ、必ず中盤以降体が動いてくれるはず、と自分に言い聞かせてスタートラインに立ちました。

今年は自己申告制の実力別ウェーブスタート。

周囲には知り合いのエリート市民ランナーたちがたくさんいたり、Twitterで有名な速い人たちがいたりと、これは相当「ガチ」な10kmレースになるな、と久々に興奮を覚えました。

興奮はしたものの気持ちは意外と冷静で、とにかく初めの1kmが大事、ここを楽に抑えて入れればその後は必ず体が動くはず、とレース展開を想像しながらスタート時刻を待ちました。

そしていよいよスタート。

第1ウェーブの錚々たるメンバーたちが一斉にスタートしました。

おそらく先頭は29分台ですからそこはもう初めからスルー。その後ろの集団だって31分台に違いないのでそこもスルー、と思いきや、いつもの練習で掴んでいるLTペースの感覚で走っている中で、この第2、第3集団の選手たちは思ったよりも離れていきません。

あれ、これもしかしてペース速いか?と自信がなくなるも、自分の呼吸の感覚と脚の動きから、どう考えてもキロ3分10秒台ではない感覚。

こんなに楽に前の集団とほとんど変わらないペースで走れてるのか、と思うと気持ちもずいぶん楽になり、ストライドを無理に伸ばさず自分の楽なピッチを維持するよう心がけました。

早く知りたい初めの1km。待ち望んだ最初のキロ表示を通過。

3分20秒

「うわ、きた」と思わず心の中でガッツポーズ。

自分の体感ペースと実際のペースがぴたりと一致する時は大抵調子がいい時です。やはり自分の感覚は正しかった。

ただ、大切なのはここからで、楽だからといって、調子がいいからといってここで無理にペースをあげてはいけない、と自らを律します。

実はこの時すでに小集団(十名前後)が出来上がりつつあり、その先頭に立ってしまっていたのですね。まあよくある話です。

そっか3分20秒ペースを作りたい人たちなのね、そう思ってこの現状を受け入れることにしました。

前の集団はもうかなり前にいて、おそらく3分15秒前後のペース。流石にアレにつくのは無謀だし絶対に撃沈するので、自分の記録を狙いつつ終盤まで脚をもたせるにはもうこの状況で自分でペースを作るしかない、と覚悟を決めました。

それに、集団を引っ張っていながらも脚や呼吸は信じられないほど楽で、もう楽ならこのまま自分で記録を狙えばいいじゃないかと、自分の体の感覚だけに意識を向けるようにしました。

400mごとにラップがわからないロードレースで最も重要なのは体の感覚、疲労度にいかに敏感になれるか、だと思っています。

この呼吸のキツさであと9km持つだろうか?と体に問いかけます。9kmという距離を想像して、大丈夫そうだ、という感覚を維持します。その感覚を上回るようなしんどさになりそうならペースを抑えます。いってみれば、もうレースの終わりまでその繰り返しみたいなもんです。

実は、初めの1kmとか2kmとかではかなり余裕を持っていないと、こうしたLT付近のペースを最後まで維持するのは大変なことなのですね。

なので、こうして余裕を持たせて走るので当然次の1kmはペースがガクッときます。

3分25秒

はい、一気に落ちました。まあ楽しすぎたのですね。(後ろの人たちは相当楽だったんじゃないでしょうか)

脚には余裕があったので、ちょっと頑張ってペースを持ち直します。なんといってももう2kmは走ってしまったのですから、残り8km、少しは無理がききます。

3kmは3分22秒

ギリギリです。ここで留めておきたい、そう思いました。体のキツさも、満足いく結果を出すにも、ここが最低ラインです。

4kmは3分24秒

5kmまではまだ脚を使いたくなかったんですね。できるだけ貯めておきたい。間違いなくこの集団で最も体力を使っているのは自分だし、別に勝とうなんて思ってはいませんが後半揺さぶりにかけるにもできるだけ余力を残しておきたい、そう思うと、どうしても抑え気味になってしまいます。

そしていよいよ見えてきた折り返し地点。さあ、あれを回ったところで一気にペース上げるぞと、力を蓄え5kmを通過。

16分57秒

この1km3分26秒

やっちまった、これはまずい、と正直かなり焦りました。まあ、中弛み、なんていう言葉があるくらい、やっぱり残り半分より手前、っていう状況ではびびってペースを上げられないんですね。いや、心理的にだけでなく、足の状態としても「あと5kmならいけそうだけど6kmは無理」というのが、なんとなく体感的にわかるんですね。だから、こういう局面でペースは落ちるんです。(フルでも)

でも、このままズルズルいっては目標の33分台は出ないと判断し、折り返しの遠心力をフルに利用して大きくオーバーラン(河川敷の芝生にかかるくらい)しながらペースアップ。

一瞬、後ろの足音がまばらになり、「あ、ばらけた」という感覚が。

くどいようですが、別にこの集団を引き離して勝とうとか、決勝進出がかかってるとかそういうことは一切ないのですが、やっぱり先頭を引っ張ってると、あまり大人数が後ろについてくるのは気分がいいものではないのです。それって、自分が遅い、ってことですからね。

ここで明らかにペースアップした、って気づいてもらい、なんとか人数を絞りたい、そういう意図がありました。

もちろん、自分の記録が第一です。

そして6kmまでが3分20秒

自分でペースアップしておきながら、うおー上がったなー、とちょっと自分でもビビりました。

しかし上げちまったもんはしょうがない、とこうなってしまうともう止められません。

振り返るとだいぶ集団が絞られましたが、それでもまだかなりの人数が残っています。しかも楽そう・・・。

7kmは一度上げた反動が出て3分23秒くらいだったでしょうか。

この辺りで今日初めて脚が動かないかも、と思う瞬間がやってきました。でも残り3km。ここからは冗談抜きで「気持ちの勝負」になってきます(肉体的には終わりつつありますからね)。

しんどかったのであまり記憶にないのですが8kmも3分23秒くらい。

ラスト2kmは走りきれそうだけど、もう先頭を走るのは無理。みなさんどうぞ先に言ってください、というメッセージが聞こえたのかどうかは分かりませんが、ここから一気に後ろから抜かれ始めます。そしてそれになんとか食らいつきます。

と、後ろについた瞬間、まるでターボがかかったかのように一気に脚が軽やかになりペースを持ち直します。

「うしろってこんなに楽なんかーい」ともう笑うしかなく、今までみなさんこんなに楽してたのね、と。

後ろに回ると再び元気を取り戻し、もう一度集団の横に出てペースアップ。

9kmは3分19秒と今日最速ラップを記録。

滅多に思いませんが、流石にこの時ばかりは「おれ、速いかも」と頭をよぎったのも束の間、待ってましたと言わんばかりにラスト1kmで集団全員がスパート。

はい終戦。

もう2度目はありません。

流石に貯めていた人のスパートはレベルが違います。こっちは脚が終わっている中でスピードを出そうとしますが、この時のために余力を残していた人のスパートは動きが違いすぎます。

それでもあとは自分の記録との勝負です。集団のスパートの力を借りながら最後の力を振り絞ります。

とはいえ、もう脚が完全に動いていないのが自分でもわかります。呼吸もほぼ限界。気力だけですよね、気力。

そして、もう無理、というところで無事フィニッシュ。

手元の時計で33分47秒(正式ネットタイムは45秒)

いや、我ながら最後までよくやりました。

タイムはしょぼいですが、数字に現れない力強い走りや自分でペースをコントロールした感覚、呼吸の辛さを脚のパワーでカバーして押していける感覚など、意外に思われるでしょうが結構「会心」の走りだったと実感できるレースになりました。

人間の能力ですから、人と比べて速いとか遅いとかそういう基準で見ればいくらでも評価は変わってくるのは当然です。

しかし、自分の体感として感じられる手応え(というかこの場合は脚応え?)のようなものに、他者との優劣や比較は存在しないので、ランマニアがここまで競技を続けてこられたのも、こうした自分の感覚の変化や成長などにこだわり続けてきたからではないかとも思っています。

もうこの歳になると、正直PBだけを追っていると確実にモチベーションは低下します。

また、大したことはないですが過去の「栄光」に囚われていると、それこそその落差の大きさに落胆するだけになります。

重要なのは、自分自身の中で得られる手応えや感覚、変化、そして自分自身の生理学的な変化をコントロールしきれたという実感、などを感じる瞬間なのではないかと、今日のレースで改めて感じたところです。

さて、そのような自身の変化を感じられた背景にはやはり今年春から取り組んできた練習の効果を抜きに考えることはできないと思っています。

今日はっきりと感じた手応え、変化というのは、やはり走っても走っても疲れてこない強靭な脚の感覚に他なりません。

7kmすぎから流石に動きは鈍くなりましたが、それまでは「いつでもあげられるぞ」という脚の余力を常に維持したまま今日のペースを保つことができました。

これは、間違いなくダニエルズさんの練習により大幅に練習のボリュームが増え、疲労しにくい脚ができてきたからだと思っています。

また、今回のレースはちょうど月末に行われ、練習計画のなかでは最も疲労が溜まっていてもおかしくない状況でレースを迎えることになったのですが、その影響についてもさほど出なかった印象です。

特に、先週はランマニア自身経験したことのないような強度も負荷も高い練習を入れたにもかかわらず、中4日でその疲労も概ね回復し、今日のレースを走り切ることができました。

これについても、そこそこの練習を積んでもその疲労がすぐに回復できるような脚が出来上がってきたことが考えられます。

つまり、いずれにしてもダニエルズさんの練習によって脚ができたというわけです。

筋トレをして、今まで持ち上げられなかった物が軽々と持ち上げられるようになるのが楽しいのと同じで、これまでならすぐに脚に来てしまったようなペースで延々と走り続けられるようになるというのは、ただ純粋に楽しく感じるわけですね。この変化や成長に楽しさを感じているわけです。

さて、2020年もどうにか概ねいい形で締め括ることができましたが、実はこの1年ずっと感じ続けている課題も存在しています。

これまで何度か触れてきたことですが、現時点で走力のボトルネックとなっている問題です。

これについてはまた長くなるので別の機会にお話ししようと思います。

今日は多くのレースが中止に追いやられる中、果敢に開催に踏み切っていただいた大会事務局及び主催者の方々、そしてスタッフの皆さんに大変感謝をしています。

ありがとうございました。

2020年のラスボスは10kmロード

こんにちは、ランマニアです。

今年も残すところ後1週間となりました。

2020年はなんだかんだでコロナコロナな一年でしたが、個人的にはブログやTwitterを始めて様々な刺激、知識、励ましなどをたくさんもらえた一年になりました。

またそのおかげでこれまで取り組んだことのないような練習メニューに出会えたり、長い期間質の高い練習を継続できたりと、意外なほどトレーニングや競技に対してはプラス要因が多い一年でした。

さらに、例年故障や慢性疲労症状に悩まされることの多かったランマニアが、今年はほとんどそれらが原因で長期に離脱することもなく年間を通して安定的に練習メニューをこなすことができ、同時に限られたレースでもそこそこの結果を出すことができました。

これはもうほとんどTwitterで知り合った多くの方々から頂いた貴重なヒントのおかげであると確信しています。

控えめに言ってTwitterは最高です。

さてそんな2020年の最後の1週間に、まあ言ってみれば「ラスボス」みたいな最後の難関が立ちはだかっています。

自分でエントリーしておいて難関というのも変な話ですが、川内杯栗橋関所マラソン(ロード10km)です。

このレースは昨年初めて出場し、非常に走りやすく好印象なコースで、練習の合間にLTペースで走る機会を確保するには大変理想的なレースと感じました。

その理由としては、完全フラットの河川敷折り返しコースであること。そして、意外なほど(と言っては失礼ですが)レベルの高いレースで、自分の走力にあった集団の選択肢が多い、ということが挙げられます。

昨年はインフルエンザ明けということもありものすごく体が動かなかったのですが、それでもいい集団に恵まれ、34分台でフニッシュすることができました。

そんなレースだったため今年も迷わずエントリーしたのですが、今回は数ヶ月に及ぶマラソントレーニングの真っ只中、そして4サイクルあるトレーニングサイクルの中では最もハードなLT週間に当たってしまい、それなりにハイリスクなレースとなるのは間違いありません。

故障のリスクと撃沈のリスク。

まさにラスボスですね。

特に故障のリスクは看過できず、最もふくらはぎに負担のかかるLT走を、3日前はトータル12km以上入れてしまったため、同じ週にもう一度LTレベルのペースで10km(しかもレース)走るというのはかなり肉離れの危険性が高まったと感じています。

一旦ふくらはぎをやってしまうと、通常一月近くはインターバル系の練習は入れられませんし、周辺の筋肉に肉離れが「転移」することが経験上わかっています。なので、これだけは絶対に避けねばなりません。

なのでここ2日間はあえて極端にペースを落としたジョグを軽く入れるのみにし、練習のボリュームを確保するというよりは、筋へしっかりと血流を送り込み少しでも回復を早めようと無駄にあがいてみたのですね。

レースまではまだ残り3日ありますので、2日間は軽めの練習、というか運動で回復させる時間は残っています。

一方で、今年に限っていえば(いやしばらくは)かなり貴重なロードレースとなるわけですから当然記録も狙いたいところが正直な心境です。怪我をしないという大前提の中で。

ここまで続けてきたトレーニングの結果として、どのような効果が体感できるかある意味楽しみでもあります。

現時点で理想としているレース展開としては、「呼吸はそこそこ苦しいけど脚は疲れず最後まで我慢の走りで持っていける」ような感覚。これを掴めれば御の字と考えています。

出し切らずにやり切る

こんにちは、ランマニアです。

来年1月に予定していたある意味本命レースのハイテクハーフマラソン(公認)が中止となってしまい一瞬にして目標を失ったランマニアです。(そんな中毎日Twitterに「やるぞ、やるぞ」な勢いでツイートを上げている栗橋関所マラソンは本当にすごい。ゲストもすごい。)

しかし、そうした社会情勢に反して、自身の練習の方は先月あたりから確かな手応えを感じられるようになってきているのですね。

今年4月からダニエルズのトレーニングプログラムに取り組んでいるのですが、ここ数ヶ月は練習の中でその効果を非常に体感できています。

具体的に、そして端的に言うと、「脚が疲れない」。

ランマニアがトレーニングを継続していく上で、さらには絶対的な競技力の如何を問わず常に記録の向上を目指して取り組むアスリートを「競技者」と呼ぶならば、その「競技者」を続けていく上で最大のネックになるのは、このブログをずっと読んでくれている方には既知の事実ですが、自身が抱える慢性疲労症状です。

これとどう上手く付き合うか、あるいはこれを克服するかが自身の競技力に直結するわけでして、言ってみれば練習内容云々よりもはるかに大事なことだったりします。

「疲れやすい」

これは長距離を続ける上ではその競技の本質に関わるほど重大な問題であるので、常に言い訳にしたくないと考えていても競技力をスポイルするには確定的な要素になっているのですね。

しかしその「疲れやすさ」を、自身の肉体を鍛えることで「疲れにくさ」を手に入れ、それを相殺できれば結果的にプラス側に体力がシフトするのではないかと考え、春からのトレーニングを継続してきました。

今だから正直に言いますが、これはかなりしんどかったですね。

昨年以前のランマニアの練習パターンとしては、週に2〜3度のポイント練を入れ、間の練習は全くやらないかやっても10km程度のゆっくりとしたジョグ。このジョグも疲労を回復させることを目的としたものなので、今のような有酸素能力の開発・維持といった目的は全くありませんでした。ポイント練自体も、今のようなボリュームは全く確保できず、1000mなら3本、LT走でも20分未満といった、本当にお茶を濁す程度。

とにかく一度のポイント練による疲労が尋常でなく、一度それを入れるとその週の練習はほとんどダメになるか、長期にわたって不調に陥る、というのを繰り返していました。

なので、ダニエルズさんの練習計画に従ってトレーニングを継続していくなど、多分無理だろうなと思っていましたし、実際最初の頃は無理でした。

特に、ゴールドエリートプログラムの頃は本当にしんどく、週にある2回のQデーのうち片方は確実に撃沈していました。撃沈していましたが、あのサイクルで4ヶ月も練習を継続できたのはある意味奇跡で、遅いなりにやり切れていることに体の変化を感じていたものでした。

潮目が変わってきたのが今のマラソントレーニングを始めて2ヶ月あたりの頃。ちょうどトレラン・レースラッシュが一息ついて11月に入った頃ですね。

最も大きな変化は、1回のQデーの後の練習にかなり余裕が出てきたこと。結構ハードなインターバルやLT走、また距離の長いMペース走などの翌日の脚の状態が、非常に良好になっていることに気づきました。

具体的には、「今日別に落とさなくてもいいんじゃね」くらいの脚の状態、疲労の状態で、念のため60分ジョグとかで抑えていたものの、高校、大学時代のように二日連続で高強度練をやれと言われてもそこそこは走れそうな感覚を持っていました。脚の重さはあるものの気持ちで押していけちゃう、みたいな。

こうなってくると、毎週のQデーがそれほど憂鬱に感じなくなってきて(いやもちろん退勤後の夜の公園で激走するのはしんどいですけど)、多少の疲労があってもペースを落とせば最後までやり切れるだろう、と言う見通しを持って臨むことができるようになりました。

そして疲れがある状態でも、若干ペースを抑えて最後までやり切ってみよう、最後は出し切らなくてもやり切れる範囲で走り切ろう、と言う心構えでQデーに臨むようになりました。

学生時代は、最後に余力があるならそれを全て使い切って、振り絞って、練習では出し切るのが当然でした。ライバルにも負けたくなかったですし。

それが、現在は例えば本練習の初めの入りが想定タイムよりもかなり遅かったとしても、そこで気持ちが切れることもなく、じゃあ疲れてるんだろうからもうこの遅いペースでいいから最後までやり切ることを目標にしよう、と言うように途中で気持ちを切り替える、目標をシフトできるようになっています。

これはもちろん、今の練習がマラソントレーニングという、どちらかというと距離や時間を確保することが目標になる練習が中心だからと言うのもあります。

5000mのレースを目標にしていて、1000mのインターバルを3分20秒でいいや、なんて言うことはありえないわけですし。

そして、そのように「出し切らずにやり切る」ことを目標にできるのも、ある意味疲れにくい脚ができてきたからと言うのもあり、例えば一回のポイント練の疲労がかなり残っている状態であれば、最後までやり切ろうなどと思えるはずもなく、ペース上げて1本でやめようみたいな気持ちになっていたのが去年までです。

それが、脚はまだ動くんだから本数はこなそう、と思えるのも疲労が軽い証拠なのだと自分ではそう了解しています。

確かに、自分のここ数年のフルや5000mのタイムから考えると、練習時の実際のペースはかなり遅いことは否めません。果たしてこんなペースで走ってて練習になってるのかな、と思う時もあります。

しかし、この明らかに「疲れにくく」なった脚は今までのランマニアでは考えられない感覚です。月間350kmをもう半年以上連続で続けています。昨年までは300kmを超える月は年に2回あればいい方だった中で。

この「疲れにくさ」が果たして本当に走力につながっているのかを検証するには、やはりフルマラソンのレースに出るしかありません。5000mや10000mでは、どうしても無酸素よりの走力でカバーできてしまうため、ランマニアの疲労症状の影響があまり出ないからです。

せめてハーフでも、と思ってたところでの大会中止。

この検証の機会はもう少し先になりそうです。

ロング寄りにシフトしたVDOT

こんにちは、ランマニアです。

さて今日は、以前から予定していた地元の市の選手権大会へ行き1500mとマイルリレーに出場してきました。

去年は別のクラブ対抗大会で、同じように今日のメンバーと4×100mリレー、通称「4継」に出場してきたのですね。

この4継やマイルリレーは、言ってみれば「大人の遊び」で、まあ普段から地味で根気のいる長距離練習を続けていると、たまには短い距離をスパーンと走ってみたい衝動に駆られるわけなんですね。そんなマラソン練習の「息抜き」にみんなで楽しもうよ、というようなノリで長距離ランナーだけでオーダーを組んで走ってるのです。もちろん、スタブロも使ってですよ(ランマニアは昨年4継の1走を任されました。1人だけ40代なのに!)。

そんなスプリントトレーニングなど皆無な我々が短距離種目に出場するなどというのは、ある意味短距離種目への「冒涜」みたいなものなんですが、それでも組でビリにはならない程度には走れているので、毎年こうした楽しみ方は今後も続けていきたいと考えているところです。

さて、そんなリレーのことは置いておいて、今日大変な事実に直面したのは1500mの方だったんですね。これは正直悪い意味でのびっくり。

前回1500mのトラックレースに出たのは今から約4年半前。年齢で言うとまだ41歳の頃でした。この頃の練習のアプローチは、「40を過ぎたところでこれからどんどんスピードが落ちていくだろうから、あえて練習の量を減らしてスピードを重視し、本数をこなせなくてもできるだけ速いスピードで走るぞ」といったものでした。

当時は、たとえば1000mのインターバルなんかは1本1本を全力で走りました。本数は気にしません。とにかく全力で走れる本数だけやるというアプローチでした。一番速い時は、3分00秒、2分59秒、3分02秒とかで行ってた時期もありました。

この取り組みを続けていたときは、1500は4分20秒以内で走れてましたし、5000mも15分52秒とかで走った時もありました。ランマニアのVDOTが64あたりというのは、この時の記録からなのですね。

ところが、この全力インターバルも、年々スピードが出せなくなっていき最後にやった時には3分07秒くらいで行うのが精一杯になってきました。去年の9月ごろでしょうか。

こうなってくると、普段の練習でもなんとなく自分の走力(速いスピードを維持する走力)が落ちている気がしていて、1000mを全力で走るなんて言う作業も億劫になっている自分がいました。考えてもみると、平日仕事の後の公園で暗闇の中1人で1000mの全力走なんて想像しただけでゾッとしますね。

そうしていつの間にかこの練習をやらなくなり、気づけば数年が経ち、久しぶりに1500mに出てみようという気持ちになりました。単純に、もう本当の意味でのスピード練をやらなくなり、マラソン練習だけを続けている状態でセンゴをどこまで走れるのか、と言うのを試したくて。

結果は想像を遥かに上回る(悪い意味で)ものでした。

4年半前の4分15秒を大幅に下回る4分27秒。

前回は入りの1000mを2分48秒あたりで通過できていたのが、今日は2分56秒くらいがやっと。400mのラップも72秒とかが入ってきたので、もうこれはほとんど5000mみたいなラップです。

身体的な苦痛も遥かに大きく、ゴール後はしばらく咳き込むほどの呼吸困難に陥るほど。

ああ、体は確実に衰えているのだな、と現実を受け入れるのがちょっとしんどい感じがしたのは事実です。

しかし、一つの比較として面白いデータがあります。

この1500mを4分10秒代でガシガシ走れていた頃は、いわゆるMペースの距離走は、いつもどんなに調子が良くても3分50秒を超えるペースで行っていたのですね。いや、むしろ調子がいい時でそれくらいなので、通常は55秒とかかかっている状態でした。距離も20kmももたいないことが多く。

ところが、先月に行ったMペース走は3分46秒前後をかなり余裕を持って走ることが出来ました。これは、本来VDOTが64くらいの時に維持できなければいけないペースでした。

なのに、現在推定62くらいにまで落ちているVDOTの状態で、MペースはVDOT64くらいのものを楽に維持できるようになっているのですね。

そして、先日の5000mのタイム16分11秒でVDOTを見るとやはり64くらいの位置に相当します。

つまり、1500mのタイムでVDOTを算出するよりも5000mのタイムで算出する方がより正確に今の生理学的能力を測れるのではないかと言うことです。(実は4年前は1500m、5000m、ハーフと、大体が一致していたのですけどね)

これはやはり年齢を重ねるうちに(というかスピード練から遠ざかっているうちに)距離特性が若干長めにシフトしてきてしまい、短い距離を速いペースで走り続ける能力に衰えが見えてきた紛れもない事実なのだと思います。

とはいえ、今はとにかくフルマラソンをしっかりと走りきれるだけの脚を作りたくてそれに長い時間をかけて取り組んでいる時期です。当然スピード持久力は落ちていくでしょうし、そこを高めようとは考えていません。

しかし、長い距離をゆっくり走る力よりも、短い距離を速く走る力の方が急速に衰えていく実感はあります。これは、時間を空けば空けるほど顕著になると考えています。

今日のように、たまには若い人たちと一緒に限界ギリギリのスピードを出して走る機会も取り入れなければならないと考えています。

いずれ、今のマラソントレーニングがひと段落したあたりで、また以前のような超高強度のインターバルトレーニングなども再開したいと考えています。

今はフルマラソンを本当の意味で走り切るだけの脚作りを行いつつ、またいつの日か再開したいと考えている強度の高い練習をコンスタントに行えるだけの体づくりも同時に進めていきたいと思っています。

「制限」から生まれる「自由」

こんにちは、ランマニアです。

最近ランでもそれ以外でも、ちょっと思うことがあってこんなことを考える機会が多かったのですね。

欲しいものややりたいことが無制限に与えられた状態では、確かに全てが手に入るので何でもできるし苦労しないわけで。

この極端な例はお金で、お金が無制限に手に入ればもう一生働かずに済みますし(憲法では労働の義務が規定されているのでそうもいきませんが)、お金をいくらでも投じて様々な自由が手に入るのですね。

しかし最近、こうした無制限に与えられるものから得られる「自由」というのは本当に「自由」なのかな、と思うことがあります。

こういう「自由」は「一見」自由なだけではないだろうか、と。

「無制限」というのは別の見方をすると「全てを与えられる」という意味にも捉えることができ、それは「受動的」とも言え、「自ら獲得する」能動性とは対照的な状態だと考えるのですね。

例えば、何らかの制限があり、これは手に入らない、これは利用できない、というものがあったとき人はどうするかというと、なんとかしてそれに代わるものを探したり、あるいは自分で考えてそれと同じ役目を持つものを創造したりすると思います。

私たち市民ランナーが最もそれを感じる瞬間は、やはり「いつ練習するか」という練習時間のことを考える時だと思います。

もし、お金が無制限にあり、毎日走るだけの生活ができたとすれば(いや世の中にはそういう方々もおられるとは思いますが)、いつでもどこでも何度でも走ることができると思いますが、残念ながら我々多くの一般市民ランナーはほとんどフルタイムで働いていて、かつ通勤時間や残業時間に時間を取られて走る時間はかなり限られてきてしまっていると思います。

しかし、そんな「制限」の塊のような生活をしている中でも、多くの市民ランナーは恐ろしくレベルの高い練習を積んで(これは距離が多い、というだけではなく)、そして年齢に不相応な自己ベストをかなりの頻度で連発しているのですね。

これは何なんだろうと思うわけです。

これはランマニア自身を振り返りながら考えてみるのですが、やはり「制限」の中から生まれる「自由な」発想にほかならないのではないかと思うのです。

例えばインターバルの時間が朝も夜も確保できない、なんていうことがあったとすると、もうやるには昼休みしかない、という状況、つまりは最大級の「制限」が訪れたとします。

こうした時に、その人の仕事の状態やライフスタイルにもよるとは思いますが、同じ負荷をかけるにはどうしたらいいか様々なことを考えると思うのですね。

ランマニアが思いつくだけでも、

・昼休みのわずかな時間にアップ短めにして一本のスピードを極力高め、インターバル短めで本数少なめ、という超高強度インターバルに変更

・帰宅に電車を使うのをやめ、信号ごとに全力ダッシュとジョグを繰り返す

・職場がビルなら上下の移動を全て階段を使い全力で駆け上る

など、学生時代に練習するための時間(部活動)が確保されていた時には想像もできなかった練習方法を考えつくわけです。

こういう「自由な」発想は、「無制限」の状態ではなかなか思いつくことはなく、「制限があるからこその自由」とも言えるのではないかと思うのですね。

そんなことから、ランにせよ何かの趣味にせよ日常生活にせよ、それらに何らかの「制限」がある状態を、最近は意図的に作り出してそれを楽しもうと考えています。

Twitterで多くの市民ランナーの方の練習を見ていると「本当に仕事をしているのか?」と思えるほどものすごい練習やハードなトレーニングを長期間にわたって継続している方々何人もいます。

きっと、こういう方達は毎日の生活の中で常に自分で練習時間を捻出する工夫をしたり、練習内容を自ら創造したりして強くなる工夫を「自由に」行っているのだろうな、と想像します。

「どうしたら強くなるか」ということを考えた時に、「どんなメニューを行えばいいか」を考える楽しさに加え、「どんな工夫をして練習時間を確保するか」といった、練習内容を自由に創造する楽しさというのも最近はあるように思います。