3月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

今年度も今日で終了。

今年度は前半と後半で一つずつ大きなレースが設定され、それぞれのレースにあたってしっかりとトレーニングを積んで臨むことができたシーズンとなりました。

結果はどちらも100点満点という訳にはいきませんでしたが、一つのレースに目標を絞り、そのレースで成功するために必要なトレーニングを計画。そしてそれに向けて練習を継続していく、というこれまでなかなか実現できなかったシーズンを送ることができました。

これを支えたのは、なんといっても大きな故障をせずに年間を通して安定して練習をつめたことだったと思います。

今シーズンは、一度踵の痛みが出て走行距離が減ったものの、安定して練習を継続できました

前半は、スカイランニングの世界選手権。

自分自身には最も苦手な超ロングレースということで、初めは出場を躊躇しましたが、結果的にはなんとか制限時間内に完走することができ、自身初の世界大会を無事終えることができました。

そして後半は、先日の板橋Cityマラソン。

およそ7年ぶりにしっかりと準備をして臨むことができたマラソンレース。残念ながら強風コンディションで記録を狙うことはできませんでした、久しぶりに自身の限界ギリギリのマラソンペースで終盤まで押していくレースができ、準備してきたことの手応えは感じられたレースとなりました。

この二つのメインレースを軸にしながらも、このほかにもトレーニングの一環としてスカイランニングや駅伝、ハーフマラソンなどにもコンスタントに出場し、比較的安定した記録を残せたことも今シーズンがうまくいった点でした。

もう少しやりたかったトレーニングがあり、自身の課題も明らかになったものの、これまでずっと思い描いていた1シーズンの送り方を概ね実現できたことは、一定の成功体験となったことは事実でした。

いずれにしても、昨年のような長期離脱を余儀なくされるような大きな故障をせずに、安定してトレーニングを続けることが、成功への第一歩であることは間違いありませんし、逆に言えばそれがなかなか難しいことでもあります。

そのようにして、ある程度長い期間練習を継続し、さらには最後のレースがマラソンであったため、流石に3月の下旬は疲労や脚のダメージが尋常ではなく、しばらくの休養が必要になったことは言うまでもありません。

マラソン後はまとまった休養をいれ、先週も軽いジョグだけで3月は終了しました。

今月はレースに合わせた練習となったため、主にMペースが主流となりましたが、オプションの駅伝があったため、久しぶりにVO2Maxに刺激が入った月になりました。

この速度域は、1月以降の駅伝で若干刺激が入っていた程度でしたが、20日の駅伝は思いのほかよく走れました。

やはり、VO2Maxの速度域については、仮にその速度での練習をあまり積んでいなくても、ある程度走れてしまうことがわかりました。

とはいえ、今シーズンはとにかく「スピード」「解糖系」の大きな衰えに直面化したシーズンでもありました。

来季はこの辺りの能力を再開発し、もう一度1000mのインターバルのペースをもう少し上げられるように、そしてさらには1500mのレースにも再びチャレンジしたいと思っています。

走行距離は少なかったものの、結果的に満遍なく刺激を入れられた3月。

2024年シーズンの、前半は7月の富士登山競走。後半はやはりマラソン(一応東京マラソンには申し込んで)に再挑戦ということを念頭にトレーニングを積んでいこうと思います。

色々と鍛えたい部分を数えればキリがないですが、あくまでまずは故障をせずにトレーニングを継続すること。それを第一目標に置きつつ、今シーズン以上のステップアップを図れるように課題を克服していこうと思います。

板橋Cityマラソンに出場しました

こんにちは、ランマニアです。

10月から5ヶ月にわたって準備を進めてきたマラソンレース、板橋Cityマラソンに出場してきました。

2017年に東京マラソンを走り、現在のベスト記録を樹立して以降、しっかりと準備をして走るマラソンは実に7年ぶり。

7年の歳月は本当に長く、当時42歳だったランマニアも気づけば49歳。

この間、コロナ騒動があったり、自分自身では転職を経験したりと本当にさまざまなことがありました。

コロナ騒動で各地のマラソンレースが中止に追いやられ、自身の興味関心もスカイレースなどに移っていたこともあり、正直なところ、もう一度マラソンでPBを狙おうというようなモチベーションが次第に薄れていっていたのは事実でした。

しかし、X界隈やMGCなどでの多くのランナーの活躍を見るにつけ、「おれはこのまま終わってもいいのかな」ともう一度マラソンをしっかり走ってみたいという欲のようなものが出てきたのですね。

このブログでは何度も繰り返してきましたが、正直ランマニアはレース時間の長くなるマラソンはかなりの苦手種目です。

それは、慢性疲労症候群がもはや持病となってしまっているため、他の長距離種目に比べるとその影響が甚大なマラソンは、余程の体調でなければしっかりと走り切ることができないからなのですね。

一方で、マラソンのトレーニングはどうしても絶対的なボリュームと負荷が必要になってきます。

当然疲労が溜まりやすく、当日の調整の難易度は5000mやハーフとは比べ物にならないほどの難しさになります。

そんな中で、全てが噛み合った2017年東京マラソンの記録を更新することは、自分の中でほぼ不可能だと考えていたのですね。

しかし、多くの自分と同世代のランナーが2時間35分前後で走っていたり、また、この7年で大幅に進化したシューズの影響もあり、自分ももう一度やれるのではないかと考えるようになってきました。

ダメかもしれないけど、チャレンジしてみるか、と今年度はこの板橋に照準を合わせてトレーニングを積んでいくことにしました。

しかし、7年前と違い、とにかくほとんどの練習において当時のようなペースで走れなくなっている自分がいました。

VO2Maxのインターバルは1000mで10秒ほど遅くなっていました。

LTはそれでも維持できていましたが、ロング走もキロ3分50秒のペースが以前ほど楽ではなくなっていました。

それでも、7年前の東京の前に比べると、明らかにトレーニングが積めた期間は長かったですし、走行距離も圧倒的に今年の方が多く達成できていました。

これにスーパーシューズの補助を受け、疲労をしっかり抜けばあるいは当時と同程度のペースを維持できるのではないか、という淡い期待を抱いて今日の当日を迎えたのでした。

当日の朝は風もなく暖かい穏やかな絶好な気候条件。しかしこの後強風が吹き荒れました

スタートは、想定外のBエリア。ただ、オーバーペースを防ぐにはちょうどいいと前向きに捉え、走り始めます。

しかし、前のランナーが想定以上にペースが遅く、大渋滞が発生していました。

流石にこのペースに付き合っていると、ただでさえロスのあるスタートに加え、ペースを戻すまでに大幅な時間がかかってしまいます。

仕方なく、サイドから徐々にペースを上げていき、自分のペースを維持できるエリアまで順位を上げていきました。

5kmまでは風もなく快調に走れました。

アディオスプロ3の推進力は想像以上で、相当楽に走っていてもキロ3分45秒くらいを維持できていて驚きました。

しかし、10km過ぎから徐々に向かい風が強くなり、ペースは落ちるのを覚悟で集団の後ろに回ることにしました。

それでも一人先頭になってしまうことも多く、かなりの強風にさらされながらペースを維持する状況が増えてきました。

結果的に、今日の強風の条件では記録は諦め、もっと思い切ってペースを落としても良かったなと、レース後に振り返っていたところです。

この辺りの柔軟性に欠けたことが、今日の失敗の一つ目です。

とはいえ、やはりペースはかなり落ち、もう5kmを18分台でいくには風が強すぎる状況になっていました。

折り返しまでは思ったよりも早く到達した印象で、残りの脚の状況を考えると終盤ペースを上げられるのではないかと思えるくらい余裕を残して中間点を過ぎました。

厚底シューズの推進力と衝撃吸収力は想像以上で、ハーフまでをかなり楽にこなすことができました

しかし、ここに大きな落とし穴が待っていました。

折り返すと急激に追い風に変化したため、集団のペースが一気に上がりました。

振り返ると、この20kmから25kmまでのラップが2番目に良く、ランマニアが以前から気を付けていた「20kmから30kmは一旦休む」という鉄則を、奇しくも破ることになってしまったのですね。

この時は、かなりの追い風だったため、それほど脚は消耗しないだろうと楽観的に考えていましたが、この後の展開を考えると、ここでのペースアップは絶対にしてはいけなかったと確信しました。

それでも、この段階ではまだまだ余裕があり、30kmからいよいよ本気を出していくか、と考えられるほどでした。

誤算だったのは、この後25km過ぎから再び猛烈な向かい風区間が待っていたこと。

ここでかなり消耗してしまって、28km過ぎで明らかに脚の動きが悪くなっているのを自覚しました。

当然、もうこの時点で記録は諦め、早々にペースを落として完走を目指すことにしました。

もうキロ4を超えてでも走り続けられれば、終盤止まったり歩いたりするよりは遥かに記録が良くなることは経験済みです。

35kmまでの10kmは明らかに体への負荷は下げ、堅実に2時間40分台を狙うことに切り替えました。

ところが、最大の誤算は、今まで経験したことのない38kmからの大失速でした。

これまで、35kmを過ぎて一定ペースを維持できていれば極端にペースが落ちることはありませんでした。

しかし、今日は38km過ぎで自分でも自覚できるほど、突然体がおかしくなり、それまでのキロ4分台のペースが一気に辛くなりました。

残り4kmを残し、ついにジョグですら厳しくなりたびたびある気が入るようになってしまいました。

いや、今日は絶対歩くまい、と思っていたのですが・・・。

もうこうなるとほとんどレースからは撤退と同じ状況です。1km走るのも続かず、時々歩いてエネルギーを貯めては走り出すという展開。

変更した2時間40分台という目標もほとんど難しくなり、最後までトボトボと歩くような速さでジョグをしてフィニッシュを迎えました。

フィニッシュ後はお決まりの「気持ち悪くなる」状態で、せっかくの露店は楽しめませんでした

38km過ぎの失速はなんだったのか。

推測としては、これまでのマラソンでは体験したことのないような強い向かい風の影響だったのではないだろうか、ということですね。

これはスカイレースの登りと同様、自分では意識していないところで風の抵抗に対処するためかなり糖分を使ってしまい、本来最後までペースを維持するための貴重なグリコーゲンが枯渇してしまったのではないかということです。

通常ならキロ4分超のペースでは有酸素性の糖代謝はそれほど使われないはずなのですが、向かい風で気付かぬうちに強度が高まってしまい、キロ4ペースを維持するために最低限必要な糖分が終わってしまった、と。

フィニッシュ後はめまいがひどく、貧血様の症状が出ていて、さらには昼にピッツァを食べた瞬間から徐々に気持ち悪さが回復したことから、血糖値の急激な低下は疑わしいところでした。

初めは食欲がなく絶対食べれそうになかったピッツァも、無理して食べているうちに元気が回復しました

とはいえ、今日は風がなくても2時間45分がせいぜいいいところで、7年前の39分など到底無謀な記録です。

なんだか、この7年間の時間の長さ、残酷さを感じ、帰りは少し寂しい感じがしてきたのも事実です。

でも、まあやるかやらないかと言われれば、「やる」一択なんですね。

チャレンジすることは誰にでも平等に与えられた権利です。

同世代のランナーで、まだまだ記録を伸ばし続けている強者も山ほどいる中で、簡単に諦めてはいけないのですね。

40代最後のマラソンは厳しい現実を突きつけられた示唆に富むレースでしたが、一方ではまだやらなければならない課題も見つかりました。

今回の板橋はあくまで通過点と考え、来シーズンはやりきれなかったトレーニングを重ねて、もう一度チャレンジをしたいと思います。

2月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

さて、いよいよ2月も終わり目標としてきた板橋シティマラソンまで2週間余りとなりました。

この2月は割と重要な月で、脚の痛みと発熱とで予定していた練習ができなかった1月に代わる、本番前最後の追い込みの時期となりました。

具体的には、マラソン向けの脚を作るロング走の距離と割合を増やし、ある程度走っても疲れない強靭な脚にしていく時期だったのですね。

マラソンのレースペースよりはやや遅いペースで20〜25km(自身の体調の関係で30kmまでは今は難しい状態)を安定して走る練習を、毎週積み上げていくことが目標でした。

2月に入ってすぐに再び発熱をしてしまいましたが、ここはちょうど1月の疲れが出ていた頃だったので、タイミングよくレストを入れることができました。

その後からはふくらはぎの状態が万全ではなかったものの、ロング走とジョグの距離を伸ばしながらどうにか最低限の距離を走ることはできたと自己評価しています。

2月はレスト期間を挟みましたが3週続けてロング走を取り入れ、だいぶ脚ができてきた印象です

12月からトータルすると、レースをロング走代わりにしたのも含めて、だいたい10回ほどのロング走を入れてきました。

ハーフのレースや大学のキャンパスで快調に走ってしまった時を除けば、ペースとしては大体キロ3分50秒〜57秒程度で、無理なく20km程度の距離を走り終えられる練習を継続しました。

月当たりの走行距離もほぼ350kmを越え、最低限のボリュームも確保できたかなと思っています。

体感的には、走行中の脚へのダメージ感(実際のダメージはどうか不明ですが、あくまで伝わる衝撃という意味で)はかなり軽減されてきた印象です。

大腿部をしっかり使って、一歩一歩力強く、推進力を感じながら走れる独特の感覚です。

言ってみれば、「走っても走っても疲れない感覚」でしょうか。

この感覚は学生時代に初めて体感したもので、やはり20km程度のロング走を繰り返して取り入れていくうちに体得できる独特の感覚でした。

このような脚の状態になっていかないと、42kmという長丁場はなかなか戦えません。

実際、昨年の板橋シティマラソンの走りは初めから一杯一杯で、脚へ伝わる衝撃も今よりも圧倒的に大きなものでした。

このブログでも何度か繰り返しましたが、「まるで乗り物に乗っているかのような感覚」ですね。

こうした脚の状態が、2月になってようやく体現してきたなという印象です。

今月もロング走の割合が15%と比較的多くなりました

さて、問題はここからの約2週間の過ごし方です。

だいぶ脚ができてきましたし、体力や回復力も以前に比べるとはるかに向上しているのですが、いかんせん、ランマニアの場合は「疲労」との付き合い方が一般のランナーとは違うのですね。

通常であれば、1週間前まで普通に負荷を高めても、1週間もあれば疲労はすぐに回復するでしょう。

実際自分自身も、慢性疲労に陥るまで平気で練習していましたからね。

まず確実に言えることは、1週間前はどんなに元気でもレースペース以上では走ってはいけないということです。

ロング走を入れようものなら、確実に本番は失敗します。

インターバルや閾値走もダメですね。

理想は完全レストにすることです。

ただし、このタイミングですっかり休んでしまうと体(というか脳)が一旦休止モードに入ってしまい、1週間で再起動してレースモードに戻すことに失敗する恐れもでてきます。

実際、1週間前の完全休養は、成功したパターンと失敗したパターンが大体半々なところで非常に迷うところです。

そこで今回は、明日明後日の土日は閾値ペースとロング走のペースで走る機会をそれぞれ確保し、月曜以降まとまって休む、という戦略をとろうかと思っています。

つまり、完全休養は十日以上前に一旦入れておくという作戦です。

一旦休みを入れると、脳は「気が抜けて」疲労がどっと出ることが予想されます。

この状態が慢性疲労症状としてしばらく続いてしまうのですが、少し遅れてそれも回復し、脚も体も非常に調子が良い状態に戻ることが多いです。

そして1週間前も軽いジョグで済ませ、睡眠もたくさん確保します。

そうしてようやく疲労が完全に抜けた状態で最後の1週間を過ごすことができるかな、と目論んでいます。

5ヶ月連続で350kmを超えましたが、これでようやく基礎づくりが終わったかなという状態です

ただ、実はそれでも今の状態はまだまだ基礎作りの段階ではあるな、と分析しています。

絶対的なボリュームもそうですが、脚の危うい状況を考えても、まだまだ本格的なマラソントレーニングに耐えうる体ではないと感じています。

ここまで練習を継続してきて、とりあえずマラソン向けの練習を一定期間継続する体力はついたかな、というくらいだと思っています。

本来であれば、週末のロング走以外には、平日にLTペースで走る時間も確保せねばならないと感じていますし、年間で考えれば、暖かくなってきた頃に解糖系を使うスピードや、VO2Maxに負荷をかけるペースで走る練習などを難なくこなせられるようになって初めて長距離ランナーの体かな、と思っています。

それでも、ここまでロング走を繰り返しても大きな疲労に見舞われない状態はここ数年ではありないことだったので、ようやくここまで辿り着けたかなと実感しています。

なので、今回はまだまだ通過点の状態で板橋を走ろうと考えていて、ここまで作り上げてきた脚でどこまで走れるか、今はそれを試すのが楽しみな状態です。