2025年シーズン総括

こんにちは、ランマニアです。

2025年度シーズンも終わり、4月からは新たなシーズンが始まりました。

毎年シーズンが始まるにあたり、特にこれといった大きな目標のようなものは立てないのですが、毎年一つだけ心がけていることがあります。

それは「幅広いシーンで安定した力を発揮する」ということ。

僕は完全に趣味でランニングに取り組んでおり、とにかく練習やレースを楽しめることを最優先にしています。

その「楽しむ」という意味には、記録を伸ばすことや、同年代の中で上位に入ることはもちろんのこと、さらにはどんな場面でも安定してそこそこの力を発揮すること、なども含まれています。

「長距離を走る」と言うことには、トラックやロード、駅伝やマラソンだけでなく、山道や不整地を走ることも当然含まれていて、「トレランは速いけどロードは全く走れない」ようなランナーにはなりたく気持ちが強くあります。

どんな場面でもオールラウンドに活躍できる選手になりたい、と言う憧れがあり、それを実現することも「楽しむ」ことに含まれるのですね。

ですから、毎年目指している部分はまさにそこであり、シーズンの評価の基準も常にそこに置いています。

2024年度はまさに全てのシーンで満足のいく結果を残すことができました

その意味においては、2024年シーズンはまさに全てがうまくいき、自分が目指しているランナーに近づけた、大変充実した一年となりました。

なかなかここまでの一年を送るのは滅多にないことなので、それを二年続けると言うのは流石に難しいだろうと考えてスタートした2025年シーズンでもありました。

苦戦したトラック

陸上競技を本格的に始めた中学生の頃は3000m、高校以降はトラックでは5000mを中心に取り組んできたことから、大学を卒業して以降も、このトラック5000mと言う種目にはある意味特別なこだわりのようなものがあります。

なので51歳になった今でさえ、毎年トラックの5000mには出場し、現在の実力を試すいわばベンチマーク的な意味合いとして位置付けてきました。

トラック5000mはロードに比べると完全フラットで距離も限りなく正確。ペースもVO2Max域の強度をギリギリで保ちながら16分以上走り続けなければならない、長距離走に必要な能力がもろに反映され誤魔化しが一切効かない種目です。

この種目の実力が、個人的には「真の長距離能力」だと考えていて、マラソンやトレイル、駅伝などが速く走れても、トラック5000mが走れなければ「本物ではない」とまで考えているほどです。

初夏であっても気温が30度を超える日が続き、6月以降のトラック5000mでは17分を切ることができず

さて、そんなトラック5000mですが、昨年もマスターズ選手権を中心にレースに参戦しましたが、6月に2レースあった選手権では、関東が発熱、東京が気温32℃越えという悪条件のため、人生で初めてトラック5000mで17分を超える結果となりました。

いずれも単独走で、そもそも記録は期待できない状況でしたが、それでも以前はその条件でも16分一桁で走れていた時期もあったことを考えると、走力の低下は計り知れないものがあります。

9月の埼玉選手権ではようやく17分を切る16分55秒で走ることができましたが、一昨年のM×Kディスタンスで出した16分40秒には遠く及ばない結果となりました。

確かに、単独走で記録を狙うのはほぼ無理なトラック5000mにおいては、やはり走力別に組み分けのされた記録会に出場しなければ、自身の能力を全て発揮するのは難しいと感じます。

今シーズンは、夏を迎える前に一度M×Kディスタンスにエントリーしようと考えています。

十分な結果を出せたロード・駅伝

一方、昨シーズンいくつかの同一レースでその前のシーズンの記録を上回れたのがロード・駅伝のカテゴリーでした。

この年齢になると、前年の記録を上回ると言うのはそうそう簡単ではなくなってくるのですが、その中で比較的記録の精度がシビアなロードや駅伝といった短めの距離で明らかに記録を伸ばせたことは、大きな自信となりました。

最も難易度の高い青梅マラソンの10kmで昨シーズンの記録を上回れたのは大きな自信になりました

昨シーズンに比べて記録が伸びたのは、入間市駅伝(2.5km)、奥むさし駅伝(6区9.3km)、そして青梅マラソン(10km)です(つくばマラソンは別枠で触れます)。

どれも10km以下の距離で、序盤からかなりの強度で押していかなければならない距離でしたが、ある程度攻めつつも若干の余力を残してそのペースを維持できたことで、後半のペースダウンを最小限に防ぐことができたことが、この3レースに共通している点です。

特に青梅マラソンは、その前年に年代別優勝を果たしていて、連覇をするにはかなりの記録を出さなければならない状況でしたが、その中で10秒以上の記録短縮を実現でき、わずかな差で優勝できたことがかなりの自信となりました。

一方で、大きな失敗レースとなったのが、約20年ぶりに出場した横田基地で行われたフロストバイトロードレース。

ここのところしばらくなかったオーバーペースによる失敗レース。フロストバイトロードレース。

昨シーズン唯一のハーフマラソンで、その前の年に所沢シティマラソンで1時間13分台でハーフを走っていた「過信」から、序盤のペースを抑えきれず、終盤に大失速をするという久々の失敗レースとなりました。

記録だけ見れば1時間14分台で年代別優勝ですから、それほど悲観的になる必要ないのですが、ランマニア的にはこう言う展開を最も嫌っているため、昨シーズンのワーストレースに位置付けたくなるレースでした。

そして悔しさが残ったのがシーズン最終盤の多摩湖駅伝。

こちらも一昨年に悲願の初優勝を飾り、チームとしてもビッグタイトルを獲得した毎年恒例の重要な駅伝レースです。

昨シーズンも当然優勝を狙ったのですが、個人的にも優勝した時より9秒ほど遅い記録となり、総合で2秒差の4位に沈んでしまいました。

他チームが相当力を入れてきたのは仕方ないところですが、自分自身が記録を落としてしまったことが悔しさを倍増させました。

最後まで脚が重く感じた多摩湖駅伝

とはいえ、まだまだこのスピードを維持できる手応えを感じられたことは大きな収穫となりました。

確実に走力が戻ってきたマラソン

そして昨シーズンもっとも成果が現れたのが、自身が一番攻略したいと思っていたマラソンです。

2024年シーズンには、8年ぶりに2時間40分台で、それも前半で走ることができ、もう一度2時間40分切りを目指そうと思える手応えを感じていたところでした。

この要因の一つは、通勤ジョグによる総走行距離が格段に延びたことが考えられましたが、昨シーズンはさらにそれ以上の距離を踏むことを目標にして、結果的には年間の走行距離を数100km延ばすことに成功しました。

なので昨年は、最も記録の出やすい東京マラソンでの記録更新を目指して10月以降はマラソン仕様のトレーニングを重ねてきたのですね。

風邪を発症して諦めていたつくばマラソンは、結果的にまさかのシーズンベストとなりました。

ところがその緒戦となったつくばマラソン当日の朝、喉の痛みで目が覚めると言う最悪の展開に。

トイレも全く出せずに絶体絶命の中走り始めたレースとなりました。

ところが終盤まで体調の悪化や腹痛などは起きず、最終的に前年の同レースの記録をさらに上回る2時間42分53秒でフィニッシュ。

結果的にこれが昨シーズンのシーズンベストとなる、予想外の快走で終えることができました。

純粋な走行時間であれば2時間41分台の自己二番目の記録となるはずだった東京マラソン

そしてまさに好事魔多し。全てが順調に進んで迎えた最大の目標、東京マラソンでは、まさかのトイレ問題が発生し、残念ながら3分以上のロスタイムを計上。

純粋な走行時間は2時間41分台であっただけに、非常にもったいないレースとなりました。

しかしそれもまたトータルで見たレースでの実力。

準備や体調管理まで含めて、もう一度しっかりとレースを走る能力を身に付けなければと、自戒したところでした。

ただ、それでも昨シーズンは2レースとも終盤までペースを落とすことなく、マラソンの走り方のコツを完全に掴んだ感があり、一昨年にうっすらと感じ始めた40分切りの感覚が、さらにクリアになってきた印象はありました。

自分より歳上のランナーが、同じ東京マラソンで2時間38分台で走っていたことを考えれば、まだまだ記録を諦める段階ではないでしょう。

ようやく理想の走りができたトレイルレース

長年自身が最も苦手にしてきた、長距離のトレイルレースですが、昨シーズンは意外なところでそれを克服して終えることができました。

トレイルの世界では、ロングレースといえば100km、100マイルを指し、50km、30km辺りはミドルレースの部類に入りますが、自身の体質(というか体調)ではレースタイムが5時間を超えてくるレースは、ほとんど自分の実力を出しきれないことがわかっています。

そうしたこともあり、3年前からトレイルレースは登り一辺倒のバーティカルレースのみの参戦として、レース時間の長いスカイレースやトレイルレースは、特別な理由がない限り撤退してきたのですね。

昨シーズンも、案の定、絶景を目当てに出走した新規レース下諏訪御柱街道トレイルレースでは途中棄権をするなど、相変わらずロングトレイルレースへの苦手意識は払拭されずにいました。

この絶景を目当てに出走した下諏訪御柱街道トレイル。今年こそは完走したい。

その一方で、バーティカルレースではJSA主催VGAMES JAPANの年間シリーズで総合11位、年代別優勝、日本選手権でも優勝し、バーティカル二大タイトルを連覇という形で終えられたことは満足でした。

また、ここ数年再び出場し始めたやや短めのトレイルレース経ヶ岳バーティカルリミット、一昨年は危険な大転倒で完走も危ぶまれた志賀高原エクストリームのロングでは、満足のいく走りができ、距離に応じた走り方を間違えなければ、苦手な長めのトレイルレースでもそこそこの結果を残せることもわかりました。

JSAの年間シリーズに組み込まれた昨年の経ヶ岳バーティカルリミット。コース適性のある自分にとっては好きなレース。

そして、昨年は富士登山競走に出場できなくなった代わりに初出場した岩櫃城忍び登山、という短めのトレイルコースを二本立てで走るユニークなレースに出走。

出場メンバーやコース適性を考えれば優勝も狙えるレースと考えていた中で、想定通りのレース展開で走り、初めて年代別ではない総合優勝ができた記念すべきレースとなりました。

5km、10kmという自分にとって最も走りやすい距離のトレイルレースを二本立てで競う珍しいレース。優勝者に与えられる出浦賞もユニーク。

例年は12月までにトレイルレースは一段落し、次のシーズンまで山を離れるのですが、昨シーズンは最後の最後に、ハセツネ30kというビッグネームに参戦することになりました。

このレースが開催されるあきる野界隈は、早春のトレイルが本当に気持ちが良く、この時期にここをレースで走るのを以前から楽しみにしていました。

昨シーズンは、東京マラソンに当選し、最後のマラソンがだいぶ早く終わることから、ハセツネまでに十分な期間を空けることができ、エントリーが実現しました。

結果は前回報告した通り。

30kmという距離に対して累積標高2000m強という、やや傾斜が緩やかなコースプロフィールだったことも自分に有利にはたらき、自分が長年理想としてきたトレイルの走り方を実現できました。

最後までしっかり脚を残してフィニッシュできたトレイルレースは初めてでした。

総じてうまくいった2025年シーズン

こうして振り返ると、一昨年ほどではないにしろ、おおむね多くのレースで十分なパフォーマンスを発揮できたシーズンだったと思います。

この一番の要因は、やはり年間を通して総走行距離が増え、安定して維持できたこと。

そしてそれにより故障を防止でき、安定してトレーニングを継続できたこと。

これに尽きると思います。

通勤ジョグを取り入れる生活リズムが出来上がり、平日の仕事がありながらも通勤ジョグが日常生活の中に組み込まれたことで、滅多なことがない限りそれが狂うことがなくなったことが非常に大きかったと思います。

総走行距離が増えれば、疲労しにくく回復しやすい体が出来上がります。

それにより、レース当日に調子を大きく崩すことがなくなり、どのような距離でもおおむね終盤までペースが落ちることがなくなります。

従って、今シーズンも同様な成績を残すために必要なことは、とにかく日々の走行距離を落とさないで維持すること、これが最も重要だと感じます。

昨シーズン初めて年間 5000kmを超えたことも好調を維持する要因の一つでした。

さて、今シーズンもランニングを楽しむために、さまざまな距離、シーンのレースに出場しようと考えています。

昨シーズン、一度しか出場しなかったハーフマラソンや、久しぶりにトラックの1500mにも挑戦しようと考えています。

4月はひとまずレース入れずに、日々のジョグと週末の高強度練習を安定して継続することを意識して調子を戻していこうと思います。

3月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

東京マラソンで始まった3月もあっという間に終わり、自身のシーズンもひとまずここでひと区切りです。

昨シーズンはトラックからロード、トレイル、マラソン、そして駅伝まであらゆる種目で安定して結果を残すことができ、おそらく自身の競技人生で最も充実した一年となったシーズンでした。

昨シーズンの総括はこの記事の前後を参照

そんな昨シーズンの結果を受け、それがフロックではなかったことを証明するためにも、今シーズンはさらに走力を維持・安定させる1年にしたいと考えていました。

結果的には、昨シーズンほどの快挙とまではなりませんでしたが、それでもここ10年で見ると昨シーズンに次ぐほどの安定感と成績を残せた一年であったと評価できる内容でした。

これらについてはまた別の記事にまとめたいと思います。

さて、この3月は今シーズン最大の目標であった東京マラソンで幕を開けました。

9年ぶりの出走となった東京マラソン。

前回は自身の持つパーソナルベストである2時間39分42秒を達成した記念すべきレースとなりました。

あの頃は年齢もまだ40代前半で、5000mも15分台、ハーフマラソンも1時間12分台で走れる走力を維持しており、そんな中で出すことのできた自己ベスト記録でした。

しかし9年の歳月を経た今回は、当時のような走力を発揮できる状況ではなく、さまざまな記録が低下した状態で臨むことになったレースでした。

それでも、昨シーズンからの好調が維持されていたこと、トレーニングもかなり上手くこなせていたことなどもあり、9年ぶりに2時間30分台を狙える状況にはなっていました。

写真は Xの t.miyaharaさん提供

しかし、結果はすでに報告している通り、途中でトイレが我慢できなくなり痛恨のタイムロス。

その時間を除けば前半80分、後半81分という完璧なペース配分であっただけに本当に勿体無い結果となりました。

しかし、それも含めてレースなのですね。

事前の食事や胃腸の管理。当日のトイレ計画など、実際に走る以外の準備面がいかに重要かを再確認した今年の東京マラソンでした。

今回の失敗は、前日いつになく緊張し、食事も若干消化不良気味となり、翌日にお腹を下してしまったことが原因でした。

多少緊張した方が、当日トイレも出やすいですし、パフォーマンスも向上しますが、今回はそれが裏目に出てしまった印象です。

それでも2時間41分台の走力は確認でき、十分すぎる結果を出せた東京マラソンだったと思います

そして今シーズン最後の駅伝は、恒例の多摩湖駅伝。

今回で36回を迎える本大会ですが、我がチームはほぼ同じメンバーで30回以上連続して出場している、少し別格な大会なのですね。

なんといっても昨シーズンはその三十数年来の悲願が達成され、ついに優勝を勝ち取ることのできた記念すべき大会となりました。

多摩湖周回コース時代から出場をし続け、過去2、3位は多くあれど1位だけは成し遂げることができなかった多摩湖駅伝。昨シーズンついにその悲願を達成しました。

そして今年は連覇のかかった大会でしたが、今回の壮年の部は他チームのレベルが異常に高く、昨年の我がチームの記録でも優勝はできなかったほどでした。

自分自身の記録としても昨年よりも9秒ほど落としてしまい、その9秒が3位入賞を逃す結果に繋がったこともあり、今年の多摩湖駅伝はかなり悔しさの残る結果となりました。

ただ、こうしたことは過去30数年間何度も味わってきたことで、その度に新たなモチベーションに変えてチャレンジしてきましたので、まだまだ来年以降も挑戦者の気持ちで挑んでいくつもりではあります。

わずか2秒差で入賞を逃した多摩湖駅伝。この悔しさを次へのモチベーションに変え、また挑戦します。

例年であればこの多摩湖駅伝をもってシーズンも終了するのですが、今年はも1レース、しかもトレイルレースを最後に入れてありました。

こちらは自身も初出場となるハセツネ30kです。

ハセツネカップといえば、日本の山岳レースの草分け的な存在、トレイルランナー達にとっては一つのステータスともなる、説明不要の伝統レースです。

ランマニア的には、その「本家」ハセツネカップは距離も累積標高もとても太刀打ちできないレベルにあり、初めから出場する気はありませんでしたが、その入門編であるハセツネ30kは、距離も累積標高もいつも出ているスカイレース並みのコースプロフィールであり、これならどうにかなりそうな気はしていたのですね。

また、昨年のレースではそのスカイレースで活躍していた多くのスカイランナーたちが出場しており、そのスピード感あふれるレース動画を見ているうちに、だいぶ影響を受けてしまったというのが本心です。

さらに、トレイルランニングの走力を示す一つの指標となるITRAポイントを調べたところ、自身のそれがエリート資格を満たす600pを超えていたことも出走を後押ししました。

過去に出場したロングトレイルの結果が反映されており、エリート資格である600pを超えていました。

また、元々ハセツネが開催されるあきる野市、日の出町、檜原村界隈は、トレイル練習や観光でよく訪れる場所で、早春の山々は本当に気持ちの良い場所です。

この馴染みのある場所をトレイルレースで走れるのは純粋に楽しみでもありました。

そうした理由で、今シーズンは初めてこのハセツネ30kにエントリーすることにしたのですね。

春のあきる野、五日市はトレランには最高の場所です

そのような、ガチなレースとしてではなくほとんど観光気分で出場したハセツネ30kでしたが、走り出すと周囲は想像以上に「ガチ」でして(エリート枠のSブロックなので当然)、のんびり走っているとあっという間に最下位あたりに置いていかれる状況でした。

それでも構わないのですが、事前に登山道が渋滞すると聞いていたので、最初の4kmだけはロードの緩斜面やシングルトラックをいつも以上にプッシュして、なるべく置いていかれないようにしたのですね。

そこまでしてもやはり最初の臼杵山までの急登は渋滞しましたが、ここはむしろそれを利用して、一人であればもっとガシガシ登ってしまうのを抑制できる時間と捉えました。

案の定、ここでの抑制がプラスに働き、かなりの余裕を持って前半15km、累積1000mを終えることができました。

全体的に登りの勾配が緩やかであるのと、シングルトラックが本当に走りやすいのとで、余裕のある脚で後半の下り優位区間は気持ちよく飛ばすことができました。

感覚としては少し速いジョグですが、山の中をキロ5分台で走ると、かなり飛ばしているような気分を味わえます。

後半こんなに快適に飛ばせるトレイルレースも初めてで、元々楽しみながら走ろうと思っていた当レースが、別の意味で楽しく走り通すことができました。

最後の5kmは、一気に里まで下ってくるのですが、トレイルレースでは初めてスパートをかけることができました。

最後のロードもキロ4分程度で飛ばし、まるでマラソンレースのラストのような感覚でフィニッシュ。

自身のトレイルキャリアで最高のレース展開と結果となりました。

結果も、まさかの3時間台、37位という自身でも驚きの結果でレースを終えることができました。

少し残念だったのが、エリートは年代別順位の対象とならないと勘違いして、表彰式には出ずに帰ってしまったこと。

Ibukiでは50代の順位に組み込まれていなかったのが、帰宅してランネットで調べるとしっかり50代2位に入っていたので、表彰されていたことに気づきました。

そもそも年代別で入賞できるとも思っていなかったので、ここはかなり想定外でした。

ランネットではしっかり年代別2位に入っていました

そんなシーズン最後にいい思いができた2025年度シーズンでしたが、総じて満足のいく1年を送れたように思います。

3月はレースが3つ組み込まれていたのと、東京マラソン後に少し休養をとったこと、週末の練習が完全に解糖系メインにシフトしたこともあり、ボリュームとしては若干低下しました。

以前なら420kmも走ればかなり走った印象でしたが、デフォルトが450kmあたりになった今となってはだいぶ減った感じを受けます。

今回30km以上のトレイルレースで快走できましたが、ここのところの練習では400mのインターバルが多くなり、どちらかというとスピードシフトがされていて、今回は登り中心にその刺激が入った解糖系をうまく利用できたのかも知れません。

東京マラソン後は少し休んで、そのあとからは解糖系をメインで駆動させるトレーニングを取り入れ始めました

結果的には、マラソンペース、トレイル、解糖系がバランスよく取り入れられたひと月となり、出力を上げつつも長く走る必要のあるトレイルランニング仕様の体が出来上がって、それがハセツネにつながったようにも思います。

4月以降は、トレイルにも出つつ、トラック、特に今年は1500mあたりにも挑戦しようと考えていますので、しばらくはマラソン仕様の体から離れることになるかと思います。

結果的にトレイル仕様の体が出来上がった3月の練習バランス

一月を通して気温も上がり、走るには快適な時期となった3月。

レースが入りながらも安定してトレーニングを継続でき、シーズン最後のレースも良い形で終えられることのできた充実したひと月になりました。

6月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

今月からいよいよトラックレースが組み込まれてきて、練習ではなかなか体にかけられない負荷が徐々に増えてきました。

40代前半ではなんとか16分台前半を維持していたトラックの5000mですが、ここ数年急速に記録が低下しており、50歳になった昨年は16分40秒で走るのがやっと。

1kmあたり3分20秒のペースで走行するのが呼吸の苦しさにギリギリ耐えられるレベルで、3分15秒を切るペースでは確実に5000mは持たない状況です。

ただ、今シーズンは春先以降、練習でのVO2Maxインターバルのペースが昨シーズンよりも若干向上し、3分15秒以内で3本走れる日も出てきてはいました。

そうしたこともあり、今シーズンはもう一度トラックでの5000mで16分30秒台、あわよくば20秒台を狙っていきたいと考えていました。

6月にエントリーしていたレースは、2レースともマスターズ選手権。

マスターズレースでは、どうしても単独走になりがちなため、記録を狙うのはなかなか厳しいのですが、そうした条件でもそれなりにしっかりと走り切り、引っ張られた場合にどれくらい記録を伸ばせるかの目安にしたいと考えていました。

ところが、1レース目の関東マスターズでは前日に発熱してしまい、当日も5000mのような高強度のペースで走るのはとても難しい状況になってしまいました。

結果は人生初のトラックでの17分台。

気温はそれほど高くはなかった中でしたので、風邪の影響は無視できない体調でした。

とはいえ、では万全であれば16分30秒くらいで走れたかといえば、それは全くもって難しく、走力自体は16分台後半のレベルがいいところかなと思われました。

17分15秒48はトラック公認記録としては自己ワースト。体調が悪かったとはいえいよいよ17分台が出始めてしまいました

そして昨日はその二週間後で出場した東京マスターズ選手権。

昨年の本選手権では、5000mのレースは朝の9時台スタートであったのが、今年は何故か14時20分出走に変更になっており、気温の予報からは全く記録は望めないだろうなと、一週間前から暑さの中走ることを覚悟していました。

案の定、気温が最も高くなる時間帯にぶつかり、日陰の気温は32度ほどでしたがトラック上は37度近くあり、長距離種目を走るには全く適さない条件となりました。

それでも、せっかく風邪が治って今の実力を試せる良い機会であったため、5000mを最後まで走り切れる努力度を意識し、大崩れしないレースを目指しました。

ところが、入りの1km3分19秒〜20秒くらいが想像以上に楽に感じ、呼吸のキツさも確実にVO2Max域ではなく、LTペースくらいの感覚でした。

行こうと思えばここからでもペースを上げられそうな余裕もあり、手応えを感じたのは事実です。

しかし、1kmから先は単独走になり、また暑さも尋常ではなかったためペースを維持するのはかなり厳しくなり、最終的には再び17分台のレースとなりました。

脚が止まるとこの暑さではDNFも考えられたため、ラスト1000mまでは努力度は抑えました

結果的には人生2度目の17分台となりましたが、最後まで潰れることなく最低限のペースを維持し続けられたのは、今回のレースで唯一評価できる点でした。

呼吸の楽さからは、暑さ補正を考慮してもキロ3分20秒ペースを維持できるかどうかギリギリのところな気がしたため、やはり昨年のシーズンベスト程度の走力である可能性は高かったです。

さて、今月は2度のトラック5000mを走って、それなりの記録を残したいところでしたが、残念ながら体調や気象の条件が合わず、記録を狙うには難しい状況になりました。

ただ、そうした中で現在の実力はある程度予測できましたし、単独走で集中を切らさず走る練習ができたことは大きな収穫となったと言えるでしょう。

今月は、レースの合間にVO2MaxインターバルとLT走を入れたため、結果的にVO2Max、LTにかなりの刺激が入った1ヶ月となりました。

本来5000mレースはVO2Max域の刺激がメインとなるところですが、今月は風邪や暑さでLT程度のペースとなりました。

この強度の練習効果もそろそろ頭打ちとなりそうなため、7月8月は、走行時間を短くしてもう少しスピードを上げた、いわゆる「スピード練」を継続して、解糖系よりの能力を再起動させたいと思っています。

30日あたりの走行距離も距離の短いトラックレースを2本入れたにも関わらず、どうにか400kmを余裕を持って超えることができました。

今月も30日走行距離は420km。5000mのレースが2レースあった割にボリュームは維持できました。

7、8月はどちらかというとスピードよりの練習にシフトするため、しばらくはこれくらいの総走行距離を維持できればと思います。

6月は5000mのレースをVO2Max刺激に替えたかったのですが、コンディション不良でLT域になってしまいました。

この6月は例年以上に暑さが厳しく、長い距離を走るにはややきつい一月になりましたが、その中でも最低限の距離は維持でき、また狙った強度の練習を一定距離確保できたことは収穫だったと思います。

5月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

今月は仕事に気持ちのリソースを取られ、通勤ジョグは継続できたものの、なんとなく心ここに在らずの状態で走ることが多かった一月になった印象です。

そうした中でレースはトレイルが2レース。恒例の上田バーティカルと昨年手応えをつかめた経ヶ岳バーティカルリミット。

上田バーティカルは、例年トレイルレースの初戦ということで脚がまだ山に慣れていない状態での出走となるため、記録的にはイマイチなことが多く。

今年も高強度の練習は十分足りていたものの、4月に引いた風邪が長引いていて、昨年よりもかなりタイムを落としました。

ただ、そうした中でも最低限の走りはでき、上田バーティカルでは初の年代別1位になることができました。

記録としては満足いくものではありませんでしたが、上田では初の年代別1位を獲得できました。

5月の上旬は、4月に引いた風邪を引きずり、なんとなく毎日がだるくジョグをしていても頭がくらくらする感じがありましたが、中旬以降はようやく日常生活にも元気が出てきました。

週末の高強度練習でも、まずまずのペースを維持でき、今シーズンは練習を失敗することも減ってきた印象です。

昨年以上に記録を追わず、その日の練習を完遂するための余裕度を意識して走るようにしたところ、高強度の練習を比較的楽にこなせるようになってきました。

平日のジョグは基本10マイルを維持し、週末も余力を残して高強度を終える、というサイクルで練習を継続していたところ、調子も徐々に上がってきました。

今月は2レース走りながらも、高強度練習の頻度も維持し、定期的にVO2MaxとLT域に刺激を入れることができました

5月下旬の経ヶ岳バーティカルリミットは、昨年かなりいい走りができ、下りもあるスカイレースの中では、自分にとってかなり適性の高いトレイルレースだと感じていました。

また、スカイレースにしては珍しく行きと帰りに5km弱のロード区間があり、ロードをメインで練習をしている自分にとっては比較的走力を発揮しやすいレースなのかもしれません。

登りのトレイル区間はかなり急峻な登山道で、かつ累積1500mもあるためここでできるだけ力を温存することがこのレースのポイントで、それ如何で帰りの走れる下りトレイル区間のタイムが変わってきます。

ただ、今年はその登りで若干抑え過ぎたせいか、下り区間の記録はかなり速かったものの、結果的に昨年よりも45秒近く記録を落としました。

それでも苦手なスカイレースで年代別2位に入れたのでレース自体には満足できました。

マスターズ世界選手権金メダリストが同年代となり、全く歯が立たず、2位になるのが精一杯

普段あまり練習していないトレイルレースは脚への負担が大きく、一度レースに出るとしばらく調子を落とすのですが、今月はその中で最低限の距離(30日走行距離で400km以上)を維持することはできました。

ここは昨年度から月間400kmにこだわってきたため、どうにかそれを維持できて目標は達成できました。

ゆっくりでもいいので、とにかく粘り強く距離を踏むことで次第に状態が上がってくることは、昨年かなり実感できたところでした。

同じジョグを継続するにしても、疲労に応じてペースで調整するのは練習を継続するためにはかなり重要なポイントだと感じています。

今月は421km。大の月にしては少ないですが、こだわってきた月間400kmは最低限維持できました。

また今月はレースも含めると計5回の高強度トレーニングで刺激を入れることができました。

解糖系は週1の200mで最低限入れるだけですが、トレイルを含めるとVO2MaxとLT域にはそれなりの時間と距離を割いてきたので一月のトレーニングとしてはそこそこの刺激が入っていると考えられます。

今月のトレイル2レースはいずれも強度が高く、体への刺激は満遍なく入った一月になった印象です

5月はレースも含めてほぼ予定通りに狙った速度域、強度に刺激が入り、ボリュームも維持できひとまず目的は達成です。

6月はトラックレースを2回予定しているため、この5月に入った刺激をトラックのスピードに活かしていきたいと思います。

2024年度シーズン総括① 山岳レース編

こんにちは、ランマニアです。

さて、昨日出走した多摩湖駅伝を持って2024年度シーズンが幕を閉じました。

今シーズンは主に大きく三つの目標を立ててトレーニングに入りました。

①トラックから山岳、ロード、駅伝、マラソンまで全てのシーンで一定のパフォーマンスを発揮するための基礎的な持久力の向上

②日本スカイランニング協会主催V GAMES JAPAN(バーティカルレース)の年間ランキング10位以内、および年代別優勝、そしてバーティカル全日本選手権優勝

③マラソンでの記録向上

目標は三つありましたが、要は①を解決すれば自ずと他の目標も達成できるということもあり、とにかく何か新しいことに取り組むというより、以前から自分がランニングと向き合う上でメインテーマとしてきた「トラックから山までどんなシーンでも速く走ること」を今シーズンも目指してきたのですね。

結果から言うと、①〜③は全て達成でき、社会人になってから過去に一度あったかどうかの非常に充実した1年となりました。

では、なぜ今シーズンは様々なレースシーンで記録の向上や安定したレース結果を残すことができたのか。

これについては意外にも非常に単純な要因で、とにかくシーズン通して練習の総走行距離が大幅に伸びた、と言うことに尽きます。

Xの方でも再三述べてきましたが、今シーズンは通勤で走る距離を伸ばした(厳密にはそうせざるを得なかった)ことで、社会人になってから最も年間の総走行距離が伸びた1年となりました。

昨シーズンも通勤ランニングは続けていましたが、過去からの習慣で平日のジョグは60分から12、3km程度、と言うのがなんとなく固定化されてしまっていました。

しかし、今年は、最寄駅の電車を一本早いものに乗るために少し早起きできるようになり、朝の時間に60分程度走れるようになったのですね(田舎なので一本早めると25分も前の電車になります)。

その結果、帰りと分割して平日は大体10マイル(16km)は確保できるようになり、週末の高負荷練習と合わせて週あたり100〜120km走ることができるようになりました。

そして、この距離増加と並行して、週末は大体 2か月ごとにテーマを決め、VO2Maxを鍛える期間、LTを中心に刺激を入れる期間、と言うように強度域を絞って重点的に取り組みました。

結果的にそれぞれの時期に応じてその時に開催されるレースに特異的な能力を鍛えることにつながったのですね。

それについて、各種目ごとにレースを振り返ってみようと思います。

山岳レース編

毎年取り組んでいるのは、日本スカイランニング協会が開催しているスカイランニングのシーズン戦。

しかし、今シーズンは疲労の残りやすいスカイレース(下りもある)を極力避け、山頂まで一気に駆け上るバーティカル種目に注力しました。

結果は、V GAMESの対象レースである5月の上田で年代別 2位、6月の嬬恋が年代別優勝、10月の烏帽子でも年代別優勝、そして最終戦である12月の吾妻山で年代別優勝、と言う結果になりました。

このうち上田と吾妻山はコースベストでした。

上田以外のバーティカルレースでは年代別で優勝することができました。

また、スカイランニング協会以外では、5月の経ヶ岳バーティカルリミット、6月の武尊スカイランのバーティカルでも上位に入ることができ、春先から夏にかけてはVO2MaxやLTの強化を実感できるレースが多くありました。

下りもある経ヶ岳バーティカルリミットは、過去に痛い目に遭っていただけに今回の快走はトレーニングの成果を大きく実感できるものでした
武尊スカイランは強豪ぞろいの中でしたが、比較的得意なロード区間が多く上位に入ることができました

そして、今シーズンの特筆すべきは、レース以外の山練習をほとんど行っていないと言うことです。

バーティカルのような登りだけの種目であれば、正直平地の持久力(特にVO2MaxとLT)さえ鍛えればある程度は対応できるのではないかと、以前から仮説を立てていました。

そして今シーズンは、それを具現化でき、山の練習をしなくてもレースに出走する間隔程度で山を走るだけで十分トレーニング効果は得られると確信しました。

山練習は念願の北岳に登った以外は富士登山競走の試走を取り入れただけでした

そんな中で、今シーズン唯一の大きな失敗レースは、山岳レースで一番力を入れて臨みたかった富士登山競走でした。

この三週間前に感染症にかかり、その後遺症が 2か月ほど続いたため、富士登山競走の日は本当に具合が悪く、完走すら危ぶまれる非常に危ない状態でした。

登頂後は下山できるかどうかも怪しい状態で、通常の2倍ほどの時間をかけてどうにか下山できたのを覚えています。

今シーズン安定して結果を残せた中、このレースだけは本当に走れませんでした。

せっかく対象となったチームノルケイン枠での出走となった富士登山競走でしたが、過去ワーストの記録に沈みました(写真は試走時)

バーティカルでは、日本スカイランニング協会主催の「全日本選手権」でも目標のマスターズ年代別優勝を達成することができました。

これは、後述する志賀高原エクストリームトレイルで負傷した翌週の日帰り滋賀旅行でもあり、正直出走をギリギリまで迷いましたが、目標にしていた日本選手権だったので強行出場した経緯があります。

どうしても欲しかった日本選手権優勝の証「ゴールドメダル」

今シーズンの山岳レースでは、唯一のロングレースである志賀高原エクストリームトレイルのロング部門(全日本選手権のSKY ULTRA)を完走したのも一つの成果であったかもしれません。

以前から述べているように、ランマニアはレースの距離や時間が延びるほど持病の慢性疲労の影響を受けやすく、スカイレースのロング部門は最も苦手とするレースカテゴリーなのですね。

しかし、今シーズンは総走行距離が伸びたことで、序盤からペースを抑えればこのエクストリームトレイルのロングもどうにか対応できるのではないかと、日々の練習の感覚から直感的に思っていました。

ところが、このレースの序盤も序盤の14km地点で、木製の階段から前のめりで転倒するという非常に危険なアクシデントがあり、走行に大きく影響するような打撲を負ってしまいました。

結果的に大事に至るような怪我ではありませんでしたが、走行時にも耐え難い痛みが襲うほどの割と重症の部類でした。

この痛みに耐えながら残りの40kmを走り通すという、文字通り「苦行」となってしまったのですが、体力的にはだいぶ余裕があり、痛みさえなければ非常に快適なトレイルレースを楽しめたのではないかと想像しました。

記録や順位は散々でしたが、レース自体は楽しめた魅力的なコースではありました。

これは来シーズンもぜひ挑戦したいと考えています。

志賀高原エクストリームトレイルは色づいた静かなトレイルを淡々と走ることのできる非常に魅力あるコースです

今シーズンの山岳レース全般に言えたのは、どの距離でも終盤までしっかりと脚が動き、呼吸がキツくなっても脚の力でぐいぐいと押していける走力を実感できたことです。

もちろん、オーバーペースに気をつけて序盤は抑え気味に入ったということもありますが、そうして努力度を抑えたとしてもそこそこのペースで走れるようになったという、ベースとなる有酸素能力やエネルギー代謝能力が向上したことが要因の一つであったと考えています。

山の練習を増やしたわけではないのに、結果的に山のレースで結果を残せたのも、やはり日常のジョグの距離が伸びたことが大きかったでしょう。

年代別シリーズ戦優勝の証「チャンピオンビブス」と全日本選手権の「ゴールドメダル」を手にすることができシーズン当初の目標が達成できました

2月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

2月は3レースの予定が、駅伝がチーム棄権となりハーフと10kmの2レースとなりました。

ハーフ→10kmという2週連続のレースとなり、かなりタフなスケジュール(本来は1月最終週から4連戦だった)でしたが、結果はどちらも年代別の1位となりおおむね満足のいく結果となりました。

今年度は2月開催となった地元所沢のシティマラソン。今年度から50代の部に繰り上がり、年代別としては最も有利な年となりました。

2月の第1戦目は毎年出走している所沢シティマラソンのハーフ。

累積標高差が280mもあるハーフマラソンは、おそらく都市部ではここくらいなもので、ジョグのようなペースになってしまう激坂が3〜4回も登場する、非常に攻略困難なレースとなります。

まだ若干激坂の少なかった20年前には一度1時間13分台で走っていたことがありました、現在のコースになってからは、ここ数年は1時間15〜17分ほどかかり、かなり苦戦を強いられていました。

しかし、今年は序盤から脚がだいぶ動き、登り坂では力強くペースを維持し、下りは呼吸があがりながらも限界ギリギリのペースで坂を駆け下ることができました。

その結果、20年ぶりに1時間13分台のフィニッシュタイムで満足のいく走りができました。

ハーフマラソンでの13分台自体、2016年の深谷シティハーフ以来(12分台)で、この年齢でもまだまだ勝負できる自信が戻ってきました。

年代別とはいえ、ハーフの部で1位は意外にも初でした(5kmの部では何度かありました)

この翌週は、人生初の青梅マラソンに出場。

埼玉でも西部の東京寄りに住んでいて、半分地元のような青梅で開催のレースではありますが、実はまだ一度も出場したことのないメジャーレースでした。

日本初の市民マラソン大会を謳うだけあり、会場の盛り上がりは格別のものがあり、前日受付から何だかワクワクする気分にさせられる大会でした。

最近はアスリートビブス郵送が多い大会が増えた中、久しぶりに前日の現地受付へ。

今回は3月の板橋シティマラソンへの影響を考慮して、30kmではなく10kmの部にエントリー。

昨年までの年代別の部(50代の部)の優勝タイムを確認すると、大体33分台後半の年が多い印象でした。

33分台だと、5kmを16分台で2回走らなければならず、今シーズンの5000mの記録は16分40秒がベストであることを考えると、やや厳しい設定タイムだと感じていました。

特に、青梅のコースは行きがのぼりで帰りが下りという、ペース配分の難しいコース設定で、優勝は狙いたいが現実的には難しいかな、と考えていました。

参加賞でもらったオールスポーツさんの写真。この日は奇跡的に暖かく、風もなく最高のコンディションでした。

結果的に、前半17分10秒、後半17分09秒で案の定33分台は達成できませんでしたが、グロスタイム34分24秒でも運よく50代の部優勝を勝ち取ることができました。

青梅マラソンという歴史あるメジャーレースでの優勝は、自分の競技人生の中でもかなり価値のある結果でした。

欲を言えばもう少し好タイムを出したかった気持ちはなくはないですが、30kmも含めてこのコースでの記録が全体的に伸び悩んでいるのを見ると、通常のロードレースよりもやや難易度が高いコースなのかもしれません。

年代別制度のおかげもありますが、こんな年齢になってもこのような経験ができるのは、長く続けてきた甲斐があったというものです。

さて、そんな2レースが続いた2月ではありましたが、ハーフも10kmもLTゾーンを超えるペースで長時間走るレースであったため、流石に2週連続は脚への負荷が高く、ふくらはぎの張り方は故障寸前のぎりぎりの感覚を得ていました。

レース後の二週も距離走ベースの練習を繰り返したため、今シーズン最もふくらはぎの状態は危ういことになっていました。

LTゾーンを超えるペースで長時間走るハーフや10kmロードを二週続けて走ったことで、かなりの負荷がかかりました。

また、今月は28日しかない小の月ですが、30日換算では440kmを超えているため、これは今シーズン一の総走行距離となりました。

ハーフと10kmのレースが含まれていながらの総距離でしたから、正直かなりぎりぎりの負荷をかけてしまったなと、若干反省しています。

しかし、そこは平日のジョグのペースを極力抑え、接地や筋肉の使い方を変えるなどして、どうにか同じ部分に負荷がかかり過ぎないよう工夫をして対処しました。

28日しかない2月でも400kmを超えたため、30日総走行距離としては今シーズン1の距離に匹敵しました。

ただ、今シーズンは年間を通しての走行距離が明らかに増加し、その効果を感じてきている中で、2月のロードレース月間ではLT以上のペースでそれを実証する予定でいました。

その意味では、ハーフと10kmという比較的負荷のかかる距離のレースでここ数年で最も良いタイムを出せたことは、今シーズンの取り組みがひとまずは実を結んだものと考えられます。

今シーズンはここまで、トレイル、トラック、マラソン、そしてロードレースとほとんどの種目で安定した成績を残せていることから、どうにか3月に控えている最後のマラソンと駅伝(板橋と多摩湖)でも実力を十分に発揮して、シーズンの取り組みの成果を実証したいところです。

今月はレースも含めてあらゆる強度の刺激が入り、長距離を走るための能力がシーズン中のピークを迎えつつあるのを感じました。

1月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

2025年最初のレースは先週の奥むさし駅伝。

今年は20年来出場し続けてきたチームがついにメンバーが揃わず、別チームでの出走となりました。

ここのところ1区の起用が多く、あるいは故障中で短い区間を走ることもしばしばありましたが、今回は久々の6区、アンカーを走りました。

6区を全力で走り切るのは、恐らく十数年ぶりとなり、1区は同じコースを逆から走るため大体のコース感覚は掴めていたつもりでしたが、やはり逆方向の景色やコースパターンは全く別で、かなり新鮮な気分でレースを進めました。

当日はこの大会としては珍しく強風吹き荒れ、6区のいわゆる「復路」区間は猛烈な追い風となる状況でした。

また、4区以降は総合的には下り区間となり、この6区も走ってみると半分以上は下り区間であったことを思い出しました。

つまり、追い風+下りという、最も記録が出やすい条件だったというわけですね。

6区のコースは眼下の国道を右から左に向かって走ります。バーティカル好きはこういう神社につい登りたくなってしまいます。

走り出すと、つんのめりそうになるほどの追い風で、どんどん勝手に脚が動いてします。

9.4kmとは言え終盤上りが続くため、体感的には10kmと見込んでいるコースであるため、序盤は抑えるつもりでしたが、この追い風で下りであれば、ある程度押していけるかもしれないと、予定を変更し「ガンガンいこうぜ」モードに。

最初の1kmは3分15秒くらいで通過。下りとはいえ、圧倒的にオーバーペースです。

それでも全く息は上がらず、脚にも負荷を感じず、この感覚ならひとまずいけるところまで行ってもバチは当たるまい、と努力度は維持。

途中の平坦区間ではグイグイ引っ張れる感覚が得られていたため、体力的にもまだまだ余裕はあり、上りでもリズムを維持して苦も無くクリア。

しかし、中間点の区間最低地点を通過したところで、一気に脚の疲れが増してきました。

そこからは2km以上の上りが始まり、踏ん張りが効かなくなります。

測ってはいませんが、恐らくこの区間はキロ3分30秒ほどかかっていたと思われ、上りとは言え若干潰れてしまったのは否めません。

最後の1.5kmは平坦から下り優位ですが、ほぼ惰性で走るのみとなりやはりOP気味のレースとなりました。

しかし、フィニッシュタイムは31分48秒と、目標にしていたキロ3分25秒平均は大きくうわまり、区間順位としても50位以内(強豪チームが多い170チーム中、かつ準エース区間なので十分な順位)を維持し、久々のアンカー区間でも及第点の走りができました。

やはり、多少潰れたとしても、今回のような猛烈な追い風条件では押していける範囲で突っ込むのもありだな、と新たな発見をしました。(前半抑えてたとしても、後半の上りを前半の遅れを取り戻せるほど走れたかどうかは疑問)

6区中継所をフィニッシュ方面から見上げた写真。中継所がすでに下りとなっていて、どんどんスピードが出てしまいます。

10km前後のロードは久々でしたが、シューズの快適さもあり、かなり気持ちよくリズムを刻んでスピードに乗ることができ、良い印象でレースを終えることができました。

次回のレースは来週のハーフです。

こちらのコースもかなり起伏のある難コースですが、とにかく良いリズムを刻みながらスピード感を感じられる走りをしたいと思います。

さて、今月も通勤ランを中心に平日のジョグを積み重ね、走行距離は400km超え。

30日走行距離は若干減りましたが、これで6ヶ月連続400km超えなので、このサイクルもだいぶ楽に回せるようになってきました。

6ヶ月連続の月間400km超え。また今年度は10ヶ月中8ヶ月が400km超え。

さらに、先週の奥むさし駅伝に続き、来週の所沢シティマラソン、そしてその翌週の青梅マラソン10kmまで、おおよそLT強度のレースが続くため、1月からはLT強化の月間としています。

もちろん、それまでもマラソンレースを走ったり、距離走なども行ってきたことから、十分に刺激は入っていましたが、2ヶ月ほどVO2Maxに寄った練習を継続したため、もう少し余裕のあるペースで刺激時間を確保したいと思いました。

今月からLT強度の練習を再開。2月もレースが続くのでそこまで継続。

12月から3月までは駅伝とロードレースが続くため、この間はレースを通じてLTに刺激を入れていこうと思っています。

現状、マラソンのための総走行距離としては今の月間400km超あたりがライフスタイル的にも体力的にもギリギリのところですので、あとはそれを維持しながら週1でLTレベルを維持していければと思います。

1月は前半は強度の高いVO2Max練習。後半は刺激時間を伸ばしてLT強度の練習。

先週の駅伝もそうでしたが、今日の練習でも1kmを3分30秒を切って走る際のスピード感、脚の力強さのようなものはだいぶ戻ってきたような印象を受けました。

一歩一歩無理矢理動かしている感覚ではなく、下腿のバネを使って接地の瞬間だけ力を入れている感覚です。

10年くらい前までは、こうした力の入れ方で1kmを3分ちょうどくらいでも行けていたのですが、ここ数年はもう全くスピードが出せなくなってきました。

この期に及んでそうしたスピード(あるいはスピード感)がどこまで戻るか全く予測できませんが、少なくとも感覚的には戻りつつあることは確かなので、今月のレースの中で少しでも手応えを感じられればと思います。

12月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

さて、今日で2024年も終了です。

シーズンは4月始まりのため、ランマニア的には年の切り替わりがシーズン終了ではないので、トレーニングやランニングに関しては別段ここで区切りをつける理由はありません。

しかし、11月に大きなマラソンレースを2つ終え、その後ぐだぐだにならずに12月のトレーニングをしっかり積めた上で、1月からのロード&駅伝シーズンを迎えられると言う点では、ここで一区切りつけて1月からフレッシュな気持ちでレース期間を迎えると言うのも悪くはないかな、と思ったりもします。

今述べたように、正直12月はどうなってしまうのか若干の心配はありました。

と言うのも、一月に2レースものマラソンを、そこそこの好タイムで走った後にダメージが残っていないはずもなく、疲労や不調に陥るだけならまだしも、故障などをしてしまうと1月からの駅伝&ロードを全て棒に振ってしまいかねないリスクがありました。

なので、12月に関しては、日々自身の体調や脚の疲労状態を注意深く監視して、少しでもおかしければまとまった休みを入れるつもりではいました。

しかし、終わってみると、3週目の週末に連戦となったバーティカル最終戦と入間市駅伝でも比較的良い結果が得られ、大きな不調に陥ることなくトレーニングを継続することができました。

V GAMESの最終レースとなった吾妻山登山競走では、本レースと年間ランキングでも年代別1位になることができました

Xの方では何度も言及しましたが、トータルの走行距離が伸びたことで、一度の練習やレースからのリカバリーがだいぶ改善され、大きなダメージを受けにくくなり、回復しやすくなったことが一つの要因として考えられました。

その結果、マラソンのようなかなりの負荷のかかるレースが入っても、強度を抑えた練習を継続していくことで、体の状態も緩やかに回復していくことが実感されました。

12月の練習もおおよそ予定通り実施することができ、計画していた負荷をかけることができたと思います。

12月は、再び一旦VO2Max中心に負荷をかける月として、レースも含めて4週連続でVO2Maxの強度に揃えました。

12月に関しては、1月の駅伝やロードレースに備えて一度強度を上げて、5kmや10kmのレースペースに耐えうる体に戻そうと考えていました。

11月はマラソンを2本に加え、ロング走も1回入れており、10月まで遡ってもハーフマラソンやロングトレイルなどで、脚や体にかかる負荷が大きなダメージとして残るものとなっていました。

一方、VO2Maxの強度で3km程度ならば、そこまでの負荷はかからず、10〜11月ほどのダメージは残らないだろうと考えていました。

実際、1kmあたり3分20秒〜10秒くらいのペースで走っても、呼吸は猛烈に苦しくなるものの脚の疲労はほとんど残らず、無理なく4週続けることができました。

12月は最後にロング走を入れましたが、それ以外は全てVO2Maxインターバルを入れました

一方、今月もトータルで450kmを走ることができ、これは2024年では一月あたりの最長走行距離で、30日間走行距離で435kmと小の月換算でも目安としていた距離に届きました。

この結果、年間4800kmを超え、おそらく大学を卒業して以降では最も距離を踏んだ1年となったはずです。

今年は年間4800kmを超え、400kmを超えた月も8回あり、安定して練習を継続できました。

そうした練習の積み上げは、1年間を通してのレース結果にもだいぶ反映された印象で、目標としていたV GAMES JAPANの年代別年間ランキング1位とバーティカル日本選手権年代別1位という、長期間にわたって安定した走力を維持する必要のあるタイトルの獲得につながったと考えています。

また、それと両立してマラソンにおいても安定した成績を残せたことも同様の理由を考えています。

現時点では今シーズンの取り組みが比較的良好に反映された2024年となりました。

ここまでの結果には十分満足していますが、今後、1、2月の駅伝&ロードに加え、3月に控えている板橋シティマラソンまで安定した結果を残せて初めて今シーズンのトレーニングとその成果が完成すると思っています。

そのためには、とにかくまずは故障をしないこと。そして欲張らずに、余裕を持って日々の練習を着実にこなしていくことが重要だと考えています。

第44回つくばマラソンに出場しました

こんにちは、ランマニアです。

今月二度目のマラソンレース、つくばマラソンに出場してきました。

今年から松本マラソンが陸連コースとなり、二週間前には数年来の念願叶って松本でマラソンレースを走ることができました。

ただし、初マラソンから毎年のようにエントリーしてきたつくばマラソンとも時期が重なってしまい、当初はどちらかで記録を狙えればいいと思い、2レースともエントリーしておいたのですね。

その結果、今週のつくばマラソンは、マラソンレースからわずか二週間後にもう一度マラソンレースを走るという、異例のスケジュールとなってしまいました。

ただでさえ二週間ではマラソンの疲労は抜けるはずもなく、また松本のコースは非常にダメージが大きいアップダウンの激しいコースだったため、正直このつくばマラソンはジョグに毛が生えた程度の走りしかできないものと想定していました。

実際レース当日も、レースの日とは思えないほど寝起きが悪く、車で移動中も睡魔に何度も襲われ、松本の疲れがまだまだ残っている印象でした。

また、レース当日の調子のバロメーターとも言えるトイレ問題も、疲労の影響からかなかなか腸が動き出さず、スタート30分前になってようやく済ますことができた状態でした。

こうしたネガティブな情報ばかり蓄積していたため、スタートエリアで待機中も全くモチベーションの上がらず。

やはり二週間に二度のマラソンレースは無謀だよな、とかなり後ろ向きな気持ちで号砲を待っていたのですね。

スタートエリアは陸連登録で記録申請をしていたため何とかAエリアの第1ウェーブスタートが叶いました

スタートしても,松本のような軽やかな脚の動きは全くなく,42km走り切るだけの余裕を持って走ると体感的にはジョグのような速度感にまでペースが落ちてしまう印象でした。

過去何度もマラソンを走っていると,スタート時の体調や脚の感覚で大体その日の結果が予想できてしまうものですが,今回は典型的な「ダメな日」のそれでした。

初めの1kmの通過を確認すると,3分56秒。

通常興奮して脚がよく動いてしまう入りの1kmはたいてい少し速すぎるラップになるものですが,その中でこのラップはあまりにも遅すぎて軽くショックを受けたほど。

「こりゃ本当にダメだわ」と早々に覚悟を決め,今日はとにかく最後まで文字通り「走り切る」ことを目標に,下方修正することにしました。

この「いつまでも走っていられる努力度」を常に意識しながら,脚の疲れ具合と努力度だけに細心の注意を払いました。

ちょっとでも無理にペースを維持しているような感覚があればすぐに緩め,脚の疲労を感じればさらにペースを下げる,という準備をしながら集団の後方につきました。

そして,入りの1km以降はもう時計を見るのをやめました。

1km毎に「ペースが落ちた」だの「ちょっと持ち直した」だの,いちいち考えるのはエネルギーの無駄ですし,その都度ペースを微増させたり落としたりするのもかなりのエネルギーロスにつながります。

そうした中で,ラップ計測用のマットを通過する際にだけオフィシャルのタイマーが目に入ります。

5kmは19分40秒台。

相当に遅いですが,しかし一方ではこんなにジョグみたいな感覚で走ってもキロ4は切ってるのか,と少し心の余裕が出たのも事実。

今日は最後までこのペースで走ればいいや,と気持ちも楽になりました。

そのままその集団の後ろで風を避けながら10kmの通過。39分10秒台。

思ったよりもペースが悪くないことに気づき,ようやく気持ちも前向きになってきました。さらに,ノーアップでスタートしたせいか,ここへきて脚の動きもむしろ良くなってきているのを感じました。

そして,ここで「今日は30kmからペースアップをする。そのために,30kmまでは可能な限り温存する」というレースプランが頭に浮かび,ここからの20kmは最後の12kmを走るための温存区間だと言い聞かせるようにしました。

気温が低かったこともあり,給水も22kmまでは手をつけず,淡々とこのキロ3分50秒台の努力度を維持し続けました。

ハーフは1時間22分台後半。

松本マラソンよりも遅い通過でしたが,松本はこの時に「山の神」をやり終えてかなり脚にきていたことを考えると,今日は信じられないほど脚はノーダメージ。

とはいえ,マラソンの「残り半分」は実はようやく「スタート」なので,まだまだアクセルを踏んではいけません。

ここからペースアップして過去何度失敗したことか。

20〜30kmこそ,マラソンでの「温存区間」なのですね。

27kmすぎの1度目の折り返し地点は駅の近い沿道の応援が大きくなるところ。自然とペースが上がってしまいがちですが,ここはまだ我慢です。

1回目の折り返し地点が近づくと,沿道の応援がものすごく,ついついペースが上がってしまいますが,とにかく30kmまでは力を抜かなければ,とあえてストライドも抑えてリズムを整えます。

ところが,走行しているうちに,遥か遠くに見えていた「2時間45分集団」が次第に近づいてきていました。

全身の力を抜いて,ピッチをしっかり整えることで,むしろペースは上がっていたのです。

これは今回のマラソンで初めて体験した現象で,後で思い当たったのは,もしかするとこれが厚底カーボンシューズのアシストなのではないか,と。

力んで無理に前へ進もうとするよりも,力を抜いて接地で得られたエネルギーを殺さないように自然に足を前に出すだけで,かなりアシストが得られるのではないか,と。

この感覚を身につけてから,努力度は変わらないものの,むしろペース自体は次第に上がりつつあり,ついに迎えた30km地点ではすでにその集団に追いついてしまいました。

この集団について行っても45分で行けるなら,もうここでいいかな,と一瞬よぎりましたが,気づくと集団の先頭に立ってしまっていたため,「もう行ってしまえ」とペースは抑えずにそのままのリズムで走り続けました。

この辺りからは,もう「SEIKOタイマー」もほとんど確認せず,自分の努力度と脚の疲労だけに注意を向けながら,残りの距離との兼ね合いを考えていました。

大通りから急坂を上って筑波大学への県道に入る35km過ぎでも,過去最も元気に急坂を上ることができました。

筑波大学構内に入って37km地点。

流石に脚の動きが鈍くなってきて,これはペースダウンしてきたかな,と思い,このあたりからようやく努力度を明確に上げていきました。(後から知りましたが,実は最後の5kmは最もペースが上がっていました)

40kmを通過。ここで初めてタイムを意識しました。

どうやら最後の2.195km次第では,2時間43分台も狙えることがわかったからです。

しかし,何度も走ったつくばマラソンです。この先に控えている「ラスボス」,最大の難関のことは常に頭に入れながらここまで走ってきています。

ラスト1.5km地点にある,跨道橋のアップダウン。

距離にしておおよそ200mの急な上り。ほとんど終わってる脚でこの坂を登るのはどのレベルのランナーでも相当な苦痛となります。

もうここは正直「気合い」で乗り切るしかないのですが,それでもその後まだ1kmも残っています。

ラスト1kmは苦痛との戦いです。

松本マラソンほどのしんどさはなかったものの,どんな走りをしても,マラソンの最後の1kmは同じようなしんどさはあります。

フィニッシュが近づけば近づくほどキツさは二次関数的に増加していきます。沿道からは「後ちょっと」と言われますが,全然「ちょっと」じゃないわけで。

競技場に入り,最後の直線で2時間43分10秒台。

スタートの時点では全く想像もしていなかった高記録に,自身でも驚きの結末でした。

ラスト1kmが楽な人はいません

終わってみれば,2017年東京マラソン以来の2時間45分切りを達成。

しかも,マラソン2週間後の「再マラソン」という暴挙に出た中で,という自分でも予想していなかった結果です。

完全に脚が終わった松本マラソンからわずか2週間。本来は,どちらかをDNSする予定でした。

いろいろ考えましたが,一つは4月以降総走行距離が伸び,だいぶ回復力が上がってきたこと。

そしてもう一つは,やはり厚底シューズの恩恵かな,というところです。

確かに,Adios Pro3の衝撃吸収性能は驚くほど高いですし,かなり大腿部を使って走れるため,ふくらはぎのダメージがほとんど残らないのですね。

大腿部は筋肉が大きいのでその分回復も早く,2週間でもどうにかマラソンが走れるほどには回復したのだと考えています。

とはいえ,2週間で2本は基本やってはいけない「暴挙」なので,今回は例外中の例外ということで,2度とやるつもりはありません。

一方,やはり総走行距離の増加はマラソンレースそのものや,長いスパンで見たリカバリー力にもかなり効果をもたらすことがわかり,今後も無理のない程度に距離を伸ばしていこうと考えています。

いずれにしても,ようやく以前のようにマラソンのレースを楽しめるほどに走力と体力が戻ってきて自信がついたのと同時に,まだまだ記録にチャレンジできる体であることにも気づけ,まずは一安心といったところです。

松本マラソン2024に出場しました

こんにちは、ランマニアです。

今シーズン最初のマラソンは松本マラソンから。

前回のマラソンは、3月の板橋シティマラソンでしたので約8ヶ月ぶりのマラソンレースとなりました。

強風の中ペース配分の難しかった荒川沿いのコース

板橋は完全フラットコースではありますが、なんと言っても遮るもののないだだっ広い河川敷コースのため、今年のように強風が吹くと記録を狙うのはかなり難しくなるコースでした。

最低でも2時間40分台では行きたかったところでしたが、終盤大失速してしまい、51分台の凡走となってしまいました。

2017年の東京マラソン以降、しっかりとマラソンを走り切るレースから遠ざかっていて、記録を狙った前回の板橋でもラスト10kmで脚が終わってしまいました。

さて、そうした中で今シーズンはここまで3レースのマラソンにエントリーしています。

先日の松本。11月23日のつくば。そして翌年3月の板橋です。

一応本命は、コース的には(天候は別として)最も走りやすい板橋に設定していて、今月の松本とつくばは練習のつもりで出る予定です。

特に、松本は獲得標高300m以上の特殊コースなので、正直ここは全くあてにしておらず、松本の景色を楽しむ程度に出走するつもりでいました。

そんなファンランの予定で出走した松本マラソンでしたが、結果は想定外の好記録で、やはりマラソンは入れ込みすぎないのがちょうどいいのだなと、再認識したレースとなりました。

スタート〜5km

松本マラソン最大の特徴は、通常のマラソンレースでは考えられないアップダウンが繰り返されるコース設定にあります。

スタートして初めの5kmも延々とつづく下り坂で、とにかく気持ちよく駆け下っていけるちょうどいい傾斜の坂です。

朝の気温は3℃。今シーズン一の冷え込みで、久々にこの寒さを味わいましたが、マラソンにはちょうどいい気温

今回、中盤にある「山の神区間」と呼ばれる急激なアップダウン区間のために序盤は温存する予定でしたので、コースを通して大体1km4分ペースを維持するつもりでレースプランをイメージしていました。

なので、初めの5kmは急な下りを考慮すると大体3分40秒〜50秒くらいで行ければいいかな、と全く力を込めずに脚が勝手に進む感覚を意識して走り続けました。

5kmの通過は19分ちょうど。設定ぴったりの通過でした。

5km〜15km

今回に限らず、マラソンは15kmまではアップのつもりで走ることから、この区間はちょうど体が温まってきてとても快適に走れる時間帯です。

本コースにおけるこの区間は、3kmほど薄川沿いの道を緩やかに上った後、折り返して8km近く緩やかに下り続ける最も快適に走れる区間です。

ついつい調子に乗ってペースを上げてしまいそうになりますが、ここはとにかく我慢です。

初めの5kmでかなり貯金ができていましたので、キロ4にかかってしまっても全く問題ないと、楽な気持ちで走ることに徹しました。

この10kmは39分30秒と、ここもキロ4ペースよりも速くまとめ、再び「貯金」を積み上げることができました。

6km〜8kmまでは薄川沿いを緩やかに遡っていく上りコース。折り返すとしばらく快適な下りが続きます

15km〜20km

そして15km地点からの5kmは、本レース最大の目玉「山の神区間」と称する、コース最高地点まで一気に駆け上がる急勾配区間。

一月前に試走をした際、マラソンコースとしては考えられない急勾配の上り坂で、果たしてここでレースペースを維持できるのかとても想像することができませんでした。

最高点を過ぎると今度は急な下り坂が約1km近く続きます。ここで大腿四頭筋に大きなダメージを受けました

しかし、たまたま5km地点からずっと一緒になったランナーが全く同じペースで走れていたため、この坂区間も後ろについていいリズムで上っていくことができました。

ピッチを狭め、できるだけ出力を抑えて上りましたが、思ったよりもペースは落ちず、最大でも1km4分10秒までのペースダウンで止めることができました。

また、上った分下り坂もかなり長く、結果的にこの区間も19分49秒でまとめられ、中間点を前にかなり精神的に余裕を持てたのは大きかったです。

20km〜30km

通常この区間は最後の12kmをしっかり走り切るための「タメ区間」と位置付けており、今回もここでは絶対無理をしないと決めて臨んだ重要な区間です。

中間点は1時間22分37秒と、ちょうど2時間45分ペース。このままキロ4を維持すれば、48分台は余裕ですし、あわよくば47分、46分台も見えてきて、だいぶ気持ちも楽になりました。

ただ、この区間も全くの平坦な部分は少なく、前半は上り基調、後半は下りもありつつ急勾配の上りも存在し、決して楽に「タメ」られる区間ではありませんでした。

また、山の神の下りでやられた大腿四頭筋のダメージがペースの維持を困難にし、若干努力度が上がってきた印象です。

本来、もう少し楽にこの区間を終えたかったのですが、繰り返されるアップダウンと大腿部のダメージで、だいぶエネルギーを使ってしまった感覚を得ました。

この10kmは39分40秒と、かろうじてキロ4を切るペースを維持できましたが、その努力度は序盤の10kmとは明らかに違っていて、脚が止まりつつあるのが自分でもわかりました。

30km〜40km

そしていよいよ、マラソンレースにおける最重要区間、30km以降に突入です。

ここまでにどれだけ余力を残しているかで、そのレースの結果が概ね決まると言っていいでしょう。

言ってみれば、30kmまではマラソンレースの前座に過ぎず、この12kmでどれだけ脚を動かせるかが記録を左右するのですね。

今回のレースでは、やはり中盤の山の神が大幅に効いてきており、30kmを通過した時点で「あと12kmもあるか」とやや気が遠くなる感覚を抱いたのは事実でした。

とはいえ、ピッチを狭め、それまでのリズムはまだまだ維持できたことから、なんとかキロ4を維持することだけを考え、無理に力を入れないようあえてリラックスするよう努めました。

残り7kmで迎える空港内エリア、スカイパーク区間。微妙なアップダウンに削られていく感覚です。写真は2月に試走した際に撮影

空港エリアに入るとまもなく35km地点を迎えます。

この直前5kmはしばらく上り基調で、次第に脚が動かなくなってきた中、スカイパークに入ってなだらかな下りが始まります。

当初、このスカイパークの区間は最も走りやすいエリアだと思い込んでいましたが、実際ダメージを負った脚でここを走ってみると、細かいアップダウンが残りのエネルギーを徐々に削っていき、フィニッシュが近づけば近づくほどしんどさが倍増していく感覚で、ペースも次第に落ちていきました。

この最後の7kmは、自分が想像している以上に余力を残していなければまともに走れない区間で、スカイパークに入る前の緩やかな上り区間で脚を使ってしまうと、公園内で立ち止まってしまうことも十分あり得るコース特性となっていました。

この10kmは40分30秒と、ついにキロ4を超え、一気にペースが落ちていきました。

40km〜フィニッシュ

残り6kmが気が遠くなるほど長く、どうすれば走り切れるか本当に想像できないほどでしたので、40km通過時は、実際もう脚は終わった状態でした。

ここからは、ペースを維持する意義をどれだけ持ち続けられるかが重要で、肉体的には限界点を過ぎている中、心理的にそれをどうコントロールして、残りの2.195km、如何に脚を動かし続けられるかが鍵となります。

40km通過が2時間38分30秒でしたので、仮に10分かかっても48分台は可能と考え、気持ちがいっぱいいっぱいにならないよう努めました。

今のペースさえ維持すれば、47分台は見えてくるだろう、と言い聞かせ、とにかく同じリズムを刻み続けました。

ところがなんと、ここから再び上りが始まります。

まるで夢の中で走っているように動かそうと思っても脚は動かず、体感的にはすでにジョグのリズム感とスピード感に陥っていました。

また、小刻みな直角コーナーがいくつかあり、その度に脚が攣りそうになります。

こんなにきついラスト2.195kmもそうそうないと思われ、松本マラソンの難易度の高さは伊達ではなかったと、最後まで思い知らされました。

ラスト1kmを切ったあたりで、背後からやけに重量感の感じられない足音が聞こえてきて、すぐに女子のトップだということがわかりました。

並ぶまもなくあっさりかわされ、惜しくも女子のトップに勝つことはできませんでした。

最後の直線で、時計は47分に変わったばかり。

思ったよりも善戦できていたことを知り、最後はどうにかスパートもかけられ、47分台には余裕を持って滑り込むことができました。

久しぶりにマラソンを走り切った充足感を味わいながらフィニッシュラインを通過しました。

秋晴れと紅葉が素晴らしいフィニッシュエリア。更衣室は大きなドーム内なので雨天時も快適だったはず

後ほど速報結果を知ることになり、記録は2時間47分43秒。総合順位29位、50代の年代別順位は1位という結果でした。

記録は自身のキャリアの中では平凡ですし、自己ベストよりも8分ほど遅いタイムでしたが、この特殊な松本のコースで最後までどうにか大崩れせずに走り通せたこと。

さらには約8年ぶりに2時間50分を切れたこと。

そして、公認マラソンレースでは過去最高順位の29位と年代別1位という結果には、正直自己ベストを更新した時に匹敵する喜びと満足感が得られたのは事実でした。

50代になって間もない自分にとっては、この年代別カテゴリーは最も有利な条件ではありましたが、逆に今しか取れないタイトルでもあるので、目標にしていた年代別優勝を達成できたことは今回松本マラソン最大の収穫だったと思います。

“シティーランナー“牛山さんから21分遅れでとどめられたのも、地味に嬉しかった点

ところで、今回走りながら大きな手応えを感じられ、終盤まで勝負をし続けられた要因は以下の2点だと思っています。

①この半年間の総走行距離が大幅に増加したこと

4月から10月までの直近6ヶ月で、月400kmを超えた月は5回。

一方、板橋シティマラソンの直前6ヶ月で、月400kmを超えた月は1回と、その差は歴然としています。

この差を感じ始めたのはちょうど10月に毎週レースが続いた時期に、レースを走っても比較的回復が早く、以前であれば1週間前に距離走を行うと大抵レースを失敗していたのが、先月はハーフもそこそこ走れて、その後も疲労が速やかに回復していった経験からでした。

今回の松本も、やや賭けに近かったですが、1週前に距離走を入れていたので、その影響が出ずに42kmを走り切れたのには驚きました。

1km4分ペースで走行中も、脚に来る衝撃、ダメージが心なしか軽い感じがして、脚の強靭さが増している感覚も得られました。

これは間違いなく総走行距離が増えたことが要因だと思われ、4月からの取り組みが実を結んだものと考えています。

②想定ペースを抑えたこと

今回、コースの特性から初めから記録は追わず、如何に最後までペースを維持できるか、大崩れずにタイムをまとめられるかを目標にレースに臨んだことから、設定ペースのようなものを考えず、とにかく体感にのみ従ってペースを組み立てました。

なので、距離表示ごとにペースの増減に一喜一憂することもなく、その時の脚の疲労度だけに注意を向け、「だいたいこれくらいの疲労感ならあと⚪︎kmは走れるかな」ということを常に考えて走り続けました。

板橋の時は、どうしても過去の自分の記録と比べてしまい、「最低でも1km⚪︎分は維持しなければ」というプレッシャーを常に感じてペースを組み立てていたのは事実です。

えてしてそういう時はだいたいレースを失敗するもので、強風という条件がなかったとしても、板橋では良い走りはできなかったと考えています。

今回の松本マラソンでは、初めから記録は諦めていたので、その心構えがむしろ結果的に良い方向に影響したのでしょう。

マラソンはロード種目の中で最も苦手な種目であるため、これまでも失敗することが多く、今日のようにしっかり走り通せる機会もそうそうありません。

ただ、最後までエネルギーを残しながら、ある程度のペースを維持し続けることができれば、これほど楽しい種目もなく、今回は久々にロードレースの楽しさ、マラソンの面白さを味わえたレースとなりました。

苦手ではありますが、工夫次第ではまだまだ記録を狙うことも、キロ3分台で勝負することも可能であると考えているので、今後もある程度マラソンにはこだわっていきたいと思います。