4月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

新年度から職場が変わり、この一月はライフスタイルも一新され、日々の業務も慣れないものとなり、まずはこの新しい生活に慣れるのに相当なエネルギーを要していました。

本来であれば走るだけの精神的余裕もなくなりそうなものですが、幸いなことに今回の職場は比較的通勤ランがしやすい立地で、終わってみれば30日間走行距離が、過去最長の450.9kmを積み重ねることができました。

新生活が始まり練習の継続が課題でしたが、終わってみれば450kmを超え、過去最長の30日間走行距離となりました

また走行距離だけでなく、今月は週末の高強度練習も、想定していたゾーンの中でも現在の能力のギリギリ上限付近でこなすことができ、好調が維持できた一月となりました。

例年、3月にシーズンが終わった後は比較的長めの休養期間を入れるため、4月は調子が上がる傾向がありますが、それを考えてもかなりいいペースで高強度練習を継続できました。

特にVO2Maxインターバルは、昨シーズンどんなに調子が良くても1kmを3分15秒で走るのが精一杯でしたが、4月には3分13秒、11秒、15秒と、ここ数年では最も速く走ることができました。

もちろん、定期的な高強度練習ですので、それほど無理をしたわけではなく、体感的なVO2Maxペースで走っただけでしたが、そのペースが昨シーズンよりもかなり速くなった印象です。

2回のLT走は1km3分30秒ペースで、1度のVO2Maxインターバルは最速1km3分11秒でこなすことができました

一方では、今月は上旬に熱発して以降、風邪症状がずっと続いて体調自体はあまり良くない状態で練習を続けてきました。

高強度練習を入れてもほとんど影響が出ないので倦怠感はありながらも練習を続けてきましたが、正直仕事をしている最中もかなりしんどく、この4月はなんとなく不調のまま終わった印象です。

今週に入りようやく症状も緩和され、久しぶりに体が楽になりある程度力を込めて走れるようになってきたところです。今週の祝日には午後に登山を入れる元気も出てきました。

この時期は一年の中で最も登山が楽しめる季節なので、近場で気軽に登山をすることにしています

5月からは、まずはトレイルレースを中心としたレース期間が始まります。

今シーズンも、トレイルは登り勝負のバーティカルを中心に、高い強度に体を慣らしていこうと思います。

また、昨年よりもトラックレース(主に5000m)を増やし、こちらも強度の高いレースに身を置こうと考えています。

最終的にはマラソンでのPBを目指したいと思っていますが、秋頃までは高い強度のレースを取り入れながら体に刺激を入れたいと思います。

今月はLTとVO2Maxを中心に刺激を入れました。ジョグによる基礎構築の段階でも昨シーズンよりも手応えを感じました

明後日は今シーズンの緒戦、上田バーティカルレースです。

体調がイマイチですし、山の練習をほとんど入れていないため、昨年以上の成績を収めるのは難しいと感じますが、最後まで一定の強度で押し通しながら粘れる走りを目指したいと思います。

3月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

少し遅くなりましたが3月の振り返りです。

とは言っても、3月のシーズン終了時には1年の総括をしましたので今回は簡単に3月の練習内容をまとめて終わりにしたいと思います。

3月は板橋シティまではマラソンペース中心のトレーニングでしたが、スピードの必要な多摩湖駅伝ではここ3年で最も速く走ることができました

3月は板橋シティマラソンがあったため、そこまではマラソンペースよりやや遅めで10km程度を走る練習が中心となっていました。

にもかかわらず、VO2Maxの高さがものをいう2.5kmの多摩湖駅伝ではかなりスピードを上げても終盤まで持ち堪えることができました。

走る前から、ある程度のスピードで走ってもそのまま押していけそうなイメージがあったため、走り出してからの呼吸のキツさも、不思議と予想通りのものでした。

こういう感覚で走れる時は、大概練習が積めている時が多く、体の強さを無意識のうちに自覚しているような気がします。

また、VO2Maxのインターバルを頻繁に入れたり、解糖系を鍛えるために短めの距離をほぼ全力で走ったりせずとも、ジョグの距離を伸ばすだけで2.5kmという短い距離にも十分対応できることに気がつきました。

3月はマラソンペースよりも遅めの距離走を多く入れ、マラソンを1本走っていますが、意外にも2.5kmの多摩湖駅伝でコースベストが出ました

ということで昨シーズンは、何度も述べてきたようにとにかく日々の走行距離を伸ばし、トータルでのボリュームを増やしていくことが、遠回りのように見えて結局はそれが着実に記録を伸ばす近道であると実感しました。

昨シーズンは、12か月中9ヶ月が月間400kmを超え、年間走行距離も過去最高の4936kmに到達

今シーズンも、トータルの走行距離は最低でも昨シーズン並みを維持し、その中で昨シーズン若干消化不良に終わってしまったトラック5000mとハーフマラソンに注力したいと考えています。

この2種目を中心に体に刺激を入れ、昨シーズン以上に脚ができた状態で最終的にはマラソンの記録を伸ばしていくのが大まかな目標です。

2024年度シーズン総括③ マラソン編

こんにちは、ランマニアです。

シーズン総括も最終回、マラソン編になります。

過去のブログから見ている方はご存知だと思いますが、ランマニアは体の状態から最も苦手な種目がこのマラソンでして、1年を通して他の種目の記録を見てきた方は、もう少しマラソンを速く走れるのではないか、と不思議に思った方もいたかもしれません。

例えば、ハーフマラソンが1時間13分台で走れれば、普通にマラソン練習をしている人なら、大体マラソンを2時間35分くらいでは走れているものです。

社会人になって最もハーフマラソンが速かった2017年頃は1時間12分台前半で走っていましたが、そのころですらマラソンのPBは2時間39分台でした。

先日の多摩湖駅伝でも2.5kmをキロ3分06秒平均を維持できるなら、それなりのVO2Maxを維持していると思われますが、その有酸素能力を備えていながらマラソン練習をすれば、マラソンが2時間40分台というのはやはり遅すぎると考えられます。

そうした苦手種目でありながら、毎年のように懲りずに挑戦し続けているのは、やはり長い距離を一定ペースで走る楽しさや、最後まで脚を動かし続けて快走できた時の爽快感があるからだと思います。

その中で記録も伸びていけばなお良し、と言ったところでしょうか。

さて、そんなマラソンですが、今シーズンは11月以降に3レースにエントリーし、その全てでここ数年ではもっともいい記録、いい内容でレースを終えることができました。

緒戦は11月上旬の松本マラソン。

このレースは第二の故郷である松本の街を走ることのできる魅力的なマラソンで、以前から出たいと思っていたのですが、公認レースではないことと、猛烈なアップダウンのあるコースで記録が見込めないレースであるということで、しばらく出場を見送っていました。

しかし、今年度から陸連公認コースとなり、満を持しての出場となったのですね。

この頃は、まだ鍛錬期であったため、前週にも20kmの距離走を入れるなどして、全く調整せずに出走したレースでした。

中盤に「山の神区間」と呼ばれる猛烈な登り坂と下り坂が待っているため、序盤から抑えに抑えてレースを展開しました。

それでも30km過ぎからは大腿部に猛烈な筋痛が生じ、あれだけ序盤を抑えたにも関わらず、終盤は大きくペースダウンを余儀なくされました。

しかし、それでもだいぶ粘れたようで、最終記録は2時間47分43秒と、およそ8年ぶりの2時間50分切りに加え、50代の部で優勝というおまけまでついてきて、久々にマラソンレースで充実感を得られたレースとなりました。

若干終盤潰れたものの、久々に最後までしっかりと走り切れたマラソンレースとなった松本マラソン2024

そして、その二週間後、結果的に今シーズンのベスト記録となったつくばマラソンを迎えることとなります。

このつくばマラソンは、初マラソンからおよそ18年ほど出場し続けている思い入れのあるレースで、今シーズンも松本マラソンからわずか二週間後という無謀なスケジュールであったにも関わらず、どうしても出場したい気持ちが強く、無理やりエントリーしてしまったのですね。

レース当日も、松本マラソンの疲労が完全に抜けてはおらず、スタート前から倦怠感も強く、なかなかモチベーションも上がらなかったのを覚えています。

そんな状態でしたので、スタートしても「もう今日はジョグのつもりで完走さえできればいいや」という力を抜いた状態で努力度を抑えて走りました。

ところが、この状態で走っていても、10km、20kmの通過が思ったよりも悪くなく、それでいて脚にも余裕があり、終盤からペースアップも可能なのではないかと、次第にポジティブな気持ちに変化してきました。

案の定、30kmから先どんどんペースが上がり、35kmから40kmまでの5kmは、ここ数年では久々の18分台でマラソンのレースペースを維持することができました。

最後の2.195kmまでしっかりと脚が動き、終わってみれば2時間43分51秒の自己3番目の記録でフィニッシュすることができました。

中間点を1時間22分台で通過したことから、かなりのネガティブスプリットであったこともわかり、マラソンレース二週間後という条件の中で、全く予想していない結果でレースを終えることができました。

終わってみれば今シーズンのベスト記録となったつくばマラソン

当初、つくばマラソンの後にはだいぶ疲労が残るだろうな、と予測していましたが、その後の駅伝、ロードレースも、それなりに走れており、年間を通して安定した走力を発揮できるような体になってきたこともわかりました。

そして、今シーズンの集大成とも言える板橋シティマラソンを迎えます。

実はこのレースの数日前にかなり喉が痛い日があり、初めは花粉症の症状かと思っていましたが、板橋のレース後に明らかな風邪症状としての喉の痛みや声のかすれが現れ、実際にはすでに風邪をひいていたことがわかりました。

板橋の日は、すでにご存知の通り、低温、強風、強雨という想像できる最悪の条件が全て揃った、非常に過酷なレースとなりましたが、実際には折り返すまでの21kmはかなりの追い風で、割と走りやすい状況でした。

ところが、この追い風区間にも関わらず、ペースがなかなか上がらないのがおかしいと感じていました。

確かに楽ではあるのですが、風が全くなかったつくばの方が前半のラップは速く、どことなく調子の悪さを感じていたのは事実です。

折り返すと、想像していたよりもはるかに激しい向かい風にさらされ、単独走の状態ではもはや走ることすら難しいと感じました。

この時点で記録は諦め、目標を完走に切り替えました(完走できなければ途中で冷え切って大変なことになるだろうと直感的にわかりました)。

しばらく単独走でジョグみたいなスピード感で走り続けましたが、途中で後ろから2時間50分の集団が追いついてきて、その後ろについて行くことにしました。

この集団のペースがちょうど自分の走力にぴったりで、かつ風よけにもなり、ここで一気に体力も回復しました。

あとは最後までこの集団に乗って余力を残していったため、最後の2.195kmはかなりいいリズムで集団の数人と勝負ができました。

記録は2時間51分36秒。

記録は散々ですが、登録の部で26位、全体でも44位(共に速報)と、板橋としてはかなりいい順位で終えられたことで、それなりに満足のいくレースとなりました。

何より、この悪条件の中最後まで潰れずに走り通すための戦略がうまくいき、記録や順位以上にレース内容が悪くなかったことに、1年間の取り組んできた練習が生かされたと感じました。

会場に到着するとすでに雨は本降り。この後強風が吹き荒れました。

結果的に今シーズンのマラソンは、最も調整をしなかったつくばマラソンの記録が最速で、自己3番目の記録を出して終了しました。

内容的には3本とも悪くなく、コースや気象条件によってだいぶ左右されたとはいえ、最後まで勝負になる走りができたと思います。

以前は、マラソンは終盤潰れることが多いため、どことなくあまり楽しい印象がありませんでしたが、今年は今まで最もマラソンという種目が楽しめた1年となりました。

今シーズン、マラソンの走り方がわかってきて、また終盤まで持つ脚ができてきました。

なので、来シーズンはここで構築した基礎の上に、もう少し速いペースで押していける力を積み上げ、もう一度2時間40分切りを目指したいと思います。

今シーズンはマラソンを最後まで走り切るコツが掴め、マラソンという種目の楽しさを最も感じられた1年となりました。

2024年度シーズン総括② トラック・ロード・駅伝編

こんにちは、ランマニアです。

前回の山岳レース編に続いて、今回はトラック・ロード・駅伝編の総括です。

トラック・ロード・駅伝編

今シーズンは、6月に関東マスターズ選手権に出場したのを皮切りに、トラック3レース、ロード3レース、駅伝3レースに出場しました。内訳は以下の通りです。

6月:関東マスターズ選手権(5000m、1500m)

9月:M×Kディスタンス(公認5000m)

10月:高島平ハーフマラソン(公認ハーフ)

12月:入間市駅伝(4区2.5km)

1月:奥むさし駅伝(6区9.4km)

2月:所沢シティマラソン(ハーフ)、青梅マラソン(公認10km)

3月:多摩湖駅伝(1区2.5km)

今シーズンは、トラックレースにも積極的に出場しようと考えていましたが、結果的には5000mは2本、1500mは1本にとどまる結果となりました。

6月の関東マスターズは、久々のトラック5000mを最後まで走り切りましたが(昨年は9月にDNFしている)、終始先頭を引っ張るほぼ単独走だったこともあり、16分55秒という社会人となってワーストの記録に終わりました。

暑さ等、諸々条件を言い出したら切りはありませんが、ここ数年での5000mの衰えにはこの時はだいぶ衝撃を受けたのを覚えています。

とはいえ、一応関東の選手権をM45クラスで優勝できたのは収穫でした。

久々のトラックレースは3分20秒ペースがかなり速く感じました

関東選手権では1500mにもエントリーし、現在のスピードがどの程度維持されているかを試しましたが、こちらも社会人ワーストの4分38秒と全く勝負になりませんでした。

どちらも入賞を果たしましたが、正直なところ記録には満足できませんでした

トラックレースは、9月にもう一度M×Kディスタンスで5000mに出場しました。

昨年はこの時期にどうレースに出場し、35度の暑さの中でDNFとなりましたが、今年は運良く小雨がぱらつく絶好の涼しさで、文句なしの条件でレースを迎えることができました。

それでも、スタートして1kmもしないうちから呼吸はかなり苦しくなり、巡行ペースも3分20秒前後がやっとの状態。

集団に引っ張られたことで、どうにかペースは維持できましたが、目標としていた16分30秒台も達成できず、16分40秒でフィニッシュとなりました。

関東マスターズよりもだいぶ記録を縮めたものの、40代前半までは15分台を維持していたことを考えると、急速に衰えたことを実感しました。

もはや3分20秒ペースがいっぱいいっぱいと感じるようになってしまった5000m

この時期は、今から振り返るとまだ走行距離が増えたことによる回復力が今ほど高くなく、週末の高強度練習やレースの疲労が抜けにくかったように思います。

10月に出場した高島平ハーフマラソンは、スタート前から明らかに疲労感を感じていて、全身の倦怠感や眠気から、全くモチベーションが上がらなかったのを覚えています。

その結果、前日も当日もあまりトイレで出すことができず、レース中に2度もトイレ休憩に入ってしまい、10kmまではかなりいいペースで走れていたものの最終的には1時間23分台にまでロスタイムがかさみました。

10年以上ぶりの高島平ハーフでしたが、2度のトイレ休憩は痛すぎました

このハーフマラソンでは、ペース自体は悪くなかったものの思うように結果が出ず、トラックのスピード低下も加わって、この時期はもうVO2MaxからLT域でガンガン押していくようなレースは難しくなっているのかな、と、どちらかというとトレイルやマラソンの方に気持ちが向始めていた時期でした。

しかし、流れが変わったのが12月、1月に毎年出場している地元駅伝での快走でした。

12月の入間市駅伝は、初めて2.5kmの短距離区間を任されましたが、8分04秒で区間4位と想像以上にスピードを維持することができました。

初の2.5km区間は、初めから出し惜しみせずギリギリを攻めても最後まで脚が動きました

そして、1月の奥むさし駅伝では久々のアンカー区間を任され、猛烈な追い風ということもありましたが、20代の頃の記録に匹敵する9.4kmを31分48秒でまとめることができました。

この頃の駅伝では、とにかく最後まで脚が良く持つようになってきており、夏場のトラックやロードレースの頃とは、明らかに走行時の体の感覚が変わってきていることを薄々感じていました。

追い風+下り坂でつんのめりそうになりながらスタートした奥むさし駅伝6区

そしてこれらの駅伝で感じていた「ある程度の出力を出して走っていてもどうにか押していける感覚」が、明らかに体の変化として証明されたのが、2月の所沢シティマラソンでした。

このレースはハーフマラソンであるにもかかわらず、トレイルレース並みのアップダウンの繰り返される、非常に攻略の難しいレースです。

ここ数年は、調子が万全ではなかったとはいえ、1時間17分から良くても15分くらいかかることが続いていて、以前のように13分台で上位入賞ということは無くなってきていました。

ところが、今回のレースでは、やはり序盤から集団についてやや無理してペースを維持していても、終盤の激しいアップダウン区間までしっかりと脚が持ち、「ペースを上げながらも温存する」という感覚が再現されました。

結果はまさかの1時間13分57秒と、30代前半の頃に出して以来の13分台でフィニッシュすることができました。

今年から50代の部門別カテゴリーとなり、そこで優勝することもできましたが、それ以上にこの記録で走れたことに大きな充実感を感じました。

おそらく今シーズンのベストロードレースはこの所沢シティマラソンでしょう

この翌週には初出場となった青梅マラソン10kmの部。

とにかく今年は50代の部では最も有利な年齢であるため、このレースでも年代別1位を狙っていました。

昨年の優勝タイムを見ると、かなり厳しいことがわかり、その焦りから若干オーバーペース気味に突っ込んでしまいましたが、帰りは下りということもありどうにか見かけ上のペースはイーブンでまとめることができました。

欲を言えば33分台で走りたいところでしたが、6年くらい前の栗橋関所マラソンでも34分代前半だったことを考えると、思った以上の難コースであった青梅で34分25秒ならまずまずだったと思います。

若干脚は止まりながらも大崩れせずに後半の下りをまとめられました

そしてシーズン最終レースとなった、先日の多摩湖駅伝。

チームとしては念願の初優勝という最高の形で終わりましたが、個人としても過去の記録を20秒近く更新する7分44秒(2.5km)で走ることができました。

個人的には、難しいと思っていた8分切りを大幅に達成できたこと。練習では3分15秒がやっとだった1000mのペースを、3分06秒平均で走れたこと。この2点がかなりの自信となりました。

2.5kmのレースペースは、おおよそVO2Maxのギリギリで走る5000mよりもさらに速いペースですので、初夏のトラックの感覚ではそれほど記録は望めないだろうなと感じていました。

しかも、この数ヶ月はほとんどVO2Maxの練習はしていませんし、スピードトレーニングも全く入れていません。

ほとんどがマラソンのための練習に注力していた中で、この結果には本当に驚きました。

今になって振り返ると、日常の走行距離が増えてきた昨年4月以降、そうした総走行距離の増加からもたらされる回復力の向上とか、走行時の疲れにくさみたいなものは、すぐには発現せず、やはり数ヶ月は必要になるトレーニング効果なのではないかと考えます。

8月くらいまでのトレイルレースでは、VO2MaxやLTの強化によってそれなりに結果が残せましたが、総走行距離増加の本来の効果が現れてきたのは実際には10月以降、つまり半年ほど経った後で、それがちょうど松本マラソンやつくばマラソン、その後に続く駅伝シーズンと一致します。

トラックレースやバーティカル種目には定期的に出場していましたので、常にVO2MaxやLTには刺激が入り続けていたため、総走行距離の増加によってもたらされた有酸素能力が、トレイルやトラック・ロードレースの刺激によってうまく調和され、12月以降の明らかな総力向上につながったものと思われます。

そして、最後の多摩湖駅伝の頃にはそうした持久的能力が総合的に仕上がっており、板橋シティマラソンのために調整して疲労が抜けていたことで、非常にバネも溜まっていて、2.5kmという短い距離でも、1年間で高めた持久的能力を十二分に発揮できたのだと思います。

いずれにしても、総走行距離を増やして高められる持久的能力は、そうそう一朝一夕に高められるものではなく、最低でも半年程度はトレーニングを継続する必要があるのだと、身をもって体感したシーズンでした。

シーズン最後に駅伝で優勝するという、これ以上ないシーズンの締めくくり方でした

2024年度シーズン総括① 山岳レース編

こんにちは、ランマニアです。

さて、昨日出走した多摩湖駅伝を持って2024年度シーズンが幕を閉じました。

今シーズンは主に大きく三つの目標を立ててトレーニングに入りました。

①トラックから山岳、ロード、駅伝、マラソンまで全てのシーンで一定のパフォーマンスを発揮するための基礎的な持久力の向上

②日本スカイランニング協会主催V GAMES JAPAN(バーティカルレース)の年間ランキング10位以内、および年代別優勝、そしてバーティカル全日本選手権優勝

③マラソンでの記録向上

目標は三つありましたが、要は①を解決すれば自ずと他の目標も達成できるということもあり、とにかく何か新しいことに取り組むというより、以前から自分がランニングと向き合う上でメインテーマとしてきた「トラックから山までどんなシーンでも速く走ること」を今シーズンも目指してきたのですね。

結果から言うと、①〜③は全て達成でき、社会人になってから過去に一度あったかどうかの非常に充実した1年となりました。

では、なぜ今シーズンは様々なレースシーンで記録の向上や安定したレース結果を残すことができたのか。

これについては意外にも非常に単純な要因で、とにかくシーズン通して練習の総走行距離が大幅に伸びた、と言うことに尽きます。

Xの方でも再三述べてきましたが、今シーズンは通勤で走る距離を伸ばした(厳密にはそうせざるを得なかった)ことで、社会人になってから最も年間の総走行距離が伸びた1年となりました。

昨シーズンも通勤ランニングは続けていましたが、過去からの習慣で平日のジョグは60分から12、3km程度、と言うのがなんとなく固定化されてしまっていました。

しかし、今年は、最寄駅の電車を一本早いものに乗るために少し早起きできるようになり、朝の時間に60分程度走れるようになったのですね(田舎なので一本早めると25分も前の電車になります)。

その結果、帰りと分割して平日は大体10マイル(16km)は確保できるようになり、週末の高負荷練習と合わせて週あたり100〜120km走ることができるようになりました。

そして、この距離増加と並行して、週末は大体 2か月ごとにテーマを決め、VO2Maxを鍛える期間、LTを中心に刺激を入れる期間、と言うように強度域を絞って重点的に取り組みました。

結果的にそれぞれの時期に応じてその時に開催されるレースに特異的な能力を鍛えることにつながったのですね。

それについて、各種目ごとにレースを振り返ってみようと思います。

山岳レース編

毎年取り組んでいるのは、日本スカイランニング協会が開催しているスカイランニングのシーズン戦。

しかし、今シーズンは疲労の残りやすいスカイレース(下りもある)を極力避け、山頂まで一気に駆け上るバーティカル種目に注力しました。

結果は、V GAMESの対象レースである5月の上田で年代別 2位、6月の嬬恋が年代別優勝、10月の烏帽子でも年代別優勝、そして最終戦である12月の吾妻山で年代別優勝、と言う結果になりました。

このうち上田と吾妻山はコースベストでした。

上田以外のバーティカルレースでは年代別で優勝することができました。

また、スカイランニング協会以外では、5月の経ヶ岳バーティカルリミット、6月の武尊スカイランのバーティカルでも上位に入ることができ、春先から夏にかけてはVO2MaxやLTの強化を実感できるレースが多くありました。

下りもある経ヶ岳バーティカルリミットは、過去に痛い目に遭っていただけに今回の快走はトレーニングの成果を大きく実感できるものでした
武尊スカイランは強豪ぞろいの中でしたが、比較的得意なロード区間が多く上位に入ることができました

そして、今シーズンの特筆すべきは、レース以外の山練習をほとんど行っていないと言うことです。

バーティカルのような登りだけの種目であれば、正直平地の持久力(特にVO2MaxとLT)さえ鍛えればある程度は対応できるのではないかと、以前から仮説を立てていました。

そして今シーズンは、それを具現化でき、山の練習をしなくてもレースに出走する間隔程度で山を走るだけで十分トレーニング効果は得られると確信しました。

山練習は念願の北岳に登った以外は富士登山競走の試走を取り入れただけでした

そんな中で、今シーズン唯一の大きな失敗レースは、山岳レースで一番力を入れて臨みたかった富士登山競走でした。

この三週間前に感染症にかかり、その後遺症が 2か月ほど続いたため、富士登山競走の日は本当に具合が悪く、完走すら危ぶまれる非常に危ない状態でした。

登頂後は下山できるかどうかも怪しい状態で、通常の2倍ほどの時間をかけてどうにか下山できたのを覚えています。

今シーズン安定して結果を残せた中、このレースだけは本当に走れませんでした。

せっかく対象となったチームノルケイン枠での出走となった富士登山競走でしたが、過去ワーストの記録に沈みました(写真は試走時)

バーティカルでは、日本スカイランニング協会主催の「全日本選手権」でも目標のマスターズ年代別優勝を達成することができました。

これは、後述する志賀高原エクストリームトレイルで負傷した翌週の日帰り滋賀旅行でもあり、正直出走をギリギリまで迷いましたが、目標にしていた日本選手権だったので強行出場した経緯があります。

どうしても欲しかった日本選手権優勝の証「ゴールドメダル」

今シーズンの山岳レースでは、唯一のロングレースである志賀高原エクストリームトレイルのロング部門(全日本選手権のSKY ULTRA)を完走したのも一つの成果であったかもしれません。

以前から述べているように、ランマニアはレースの距離や時間が延びるほど持病の慢性疲労の影響を受けやすく、スカイレースのロング部門は最も苦手とするレースカテゴリーなのですね。

しかし、今シーズンは総走行距離が伸びたことで、序盤からペースを抑えればこのエクストリームトレイルのロングもどうにか対応できるのではないかと、日々の練習の感覚から直感的に思っていました。

ところが、このレースの序盤も序盤の14km地点で、木製の階段から前のめりで転倒するという非常に危険なアクシデントがあり、走行に大きく影響するような打撲を負ってしまいました。

結果的に大事に至るような怪我ではありませんでしたが、走行時にも耐え難い痛みが襲うほどの割と重症の部類でした。

この痛みに耐えながら残りの40kmを走り通すという、文字通り「苦行」となってしまったのですが、体力的にはだいぶ余裕があり、痛みさえなければ非常に快適なトレイルレースを楽しめたのではないかと想像しました。

記録や順位は散々でしたが、レース自体は楽しめた魅力的なコースではありました。

これは来シーズンもぜひ挑戦したいと考えています。

志賀高原エクストリームトレイルは色づいた静かなトレイルを淡々と走ることのできる非常に魅力あるコースです

今シーズンの山岳レース全般に言えたのは、どの距離でも終盤までしっかりと脚が動き、呼吸がキツくなっても脚の力でぐいぐいと押していける走力を実感できたことです。

もちろん、オーバーペースに気をつけて序盤は抑え気味に入ったということもありますが、そうして努力度を抑えたとしてもそこそこのペースで走れるようになったという、ベースとなる有酸素能力やエネルギー代謝能力が向上したことが要因の一つであったと考えています。

山の練習を増やしたわけではないのに、結果的に山のレースで結果を残せたのも、やはり日常のジョグの距離が伸びたことが大きかったでしょう。

年代別シリーズ戦優勝の証「チャンピオンビブス」と全日本選手権の「ゴールドメダル」を手にすることができシーズン当初の目標が達成できました

2月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

2月は3レースの予定が、駅伝がチーム棄権となりハーフと10kmの2レースとなりました。

ハーフ→10kmという2週連続のレースとなり、かなりタフなスケジュール(本来は1月最終週から4連戦だった)でしたが、結果はどちらも年代別の1位となりおおむね満足のいく結果となりました。

今年度は2月開催となった地元所沢のシティマラソン。今年度から50代の部に繰り上がり、年代別としては最も有利な年となりました。

2月の第1戦目は毎年出走している所沢シティマラソンのハーフ。

累積標高差が280mもあるハーフマラソンは、おそらく都市部ではここくらいなもので、ジョグのようなペースになってしまう激坂が3〜4回も登場する、非常に攻略困難なレースとなります。

まだ若干激坂の少なかった20年前には一度1時間13分台で走っていたことがありました、現在のコースになってからは、ここ数年は1時間15〜17分ほどかかり、かなり苦戦を強いられていました。

しかし、今年は序盤から脚がだいぶ動き、登り坂では力強くペースを維持し、下りは呼吸があがりながらも限界ギリギリのペースで坂を駆け下ることができました。

その結果、20年ぶりに1時間13分台のフィニッシュタイムで満足のいく走りができました。

ハーフマラソンでの13分台自体、2016年の深谷シティハーフ以来(12分台)で、この年齢でもまだまだ勝負できる自信が戻ってきました。

年代別とはいえ、ハーフの部で1位は意外にも初でした(5kmの部では何度かありました)

この翌週は、人生初の青梅マラソンに出場。

埼玉でも西部の東京寄りに住んでいて、半分地元のような青梅で開催のレースではありますが、実はまだ一度も出場したことのないメジャーレースでした。

日本初の市民マラソン大会を謳うだけあり、会場の盛り上がりは格別のものがあり、前日受付から何だかワクワクする気分にさせられる大会でした。

最近はアスリートビブス郵送が多い大会が増えた中、久しぶりに前日の現地受付へ。

今回は3月の板橋シティマラソンへの影響を考慮して、30kmではなく10kmの部にエントリー。

昨年までの年代別の部(50代の部)の優勝タイムを確認すると、大体33分台後半の年が多い印象でした。

33分台だと、5kmを16分台で2回走らなければならず、今シーズンの5000mの記録は16分40秒がベストであることを考えると、やや厳しい設定タイムだと感じていました。

特に、青梅のコースは行きがのぼりで帰りが下りという、ペース配分の難しいコース設定で、優勝は狙いたいが現実的には難しいかな、と考えていました。

参加賞でもらったオールスポーツさんの写真。この日は奇跡的に暖かく、風もなく最高のコンディションでした。

結果的に、前半17分10秒、後半17分09秒で案の定33分台は達成できませんでしたが、グロスタイム34分24秒でも運よく50代の部優勝を勝ち取ることができました。

青梅マラソンという歴史あるメジャーレースでの優勝は、自分の競技人生の中でもかなり価値のある結果でした。

欲を言えばもう少し好タイムを出したかった気持ちはなくはないですが、30kmも含めてこのコースでの記録が全体的に伸び悩んでいるのを見ると、通常のロードレースよりもやや難易度が高いコースなのかもしれません。

年代別制度のおかげもありますが、こんな年齢になってもこのような経験ができるのは、長く続けてきた甲斐があったというものです。

さて、そんな2レースが続いた2月ではありましたが、ハーフも10kmもLTゾーンを超えるペースで長時間走るレースであったため、流石に2週連続は脚への負荷が高く、ふくらはぎの張り方は故障寸前のぎりぎりの感覚を得ていました。

レース後の二週も距離走ベースの練習を繰り返したため、今シーズン最もふくらはぎの状態は危ういことになっていました。

LTゾーンを超えるペースで長時間走るハーフや10kmロードを二週続けて走ったことで、かなりの負荷がかかりました。

また、今月は28日しかない小の月ですが、30日換算では440kmを超えているため、これは今シーズン一の総走行距離となりました。

ハーフと10kmのレースが含まれていながらの総距離でしたから、正直かなりぎりぎりの負荷をかけてしまったなと、若干反省しています。

しかし、そこは平日のジョグのペースを極力抑え、接地や筋肉の使い方を変えるなどして、どうにか同じ部分に負荷がかかり過ぎないよう工夫をして対処しました。

28日しかない2月でも400kmを超えたため、30日総走行距離としては今シーズン1の距離に匹敵しました。

ただ、今シーズンは年間を通しての走行距離が明らかに増加し、その効果を感じてきている中で、2月のロードレース月間ではLT以上のペースでそれを実証する予定でいました。

その意味では、ハーフと10kmという比較的負荷のかかる距離のレースでここ数年で最も良いタイムを出せたことは、今シーズンの取り組みがひとまずは実を結んだものと考えられます。

今シーズンはここまで、トレイル、トラック、マラソン、そしてロードレースとほとんどの種目で安定した成績を残せていることから、どうにか3月に控えている最後のマラソンと駅伝(板橋と多摩湖)でも実力を十分に発揮して、シーズンの取り組みの成果を実証したいところです。

今月はレースも含めてあらゆる強度の刺激が入り、長距離を走るための能力がシーズン中のピークを迎えつつあるのを感じました。

1月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

2025年最初のレースは先週の奥むさし駅伝。

今年は20年来出場し続けてきたチームがついにメンバーが揃わず、別チームでの出走となりました。

ここのところ1区の起用が多く、あるいは故障中で短い区間を走ることもしばしばありましたが、今回は久々の6区、アンカーを走りました。

6区を全力で走り切るのは、恐らく十数年ぶりとなり、1区は同じコースを逆から走るため大体のコース感覚は掴めていたつもりでしたが、やはり逆方向の景色やコースパターンは全く別で、かなり新鮮な気分でレースを進めました。

当日はこの大会としては珍しく強風吹き荒れ、6区のいわゆる「復路」区間は猛烈な追い風となる状況でした。

また、4区以降は総合的には下り区間となり、この6区も走ってみると半分以上は下り区間であったことを思い出しました。

つまり、追い風+下りという、最も記録が出やすい条件だったというわけですね。

6区のコースは眼下の国道を右から左に向かって走ります。バーティカル好きはこういう神社につい登りたくなってしまいます。

走り出すと、つんのめりそうになるほどの追い風で、どんどん勝手に脚が動いてします。

9.4kmとは言え終盤上りが続くため、体感的には10kmと見込んでいるコースであるため、序盤は抑えるつもりでしたが、この追い風で下りであれば、ある程度押していけるかもしれないと、予定を変更し「ガンガンいこうぜ」モードに。

最初の1kmは3分15秒くらいで通過。下りとはいえ、圧倒的にオーバーペースです。

それでも全く息は上がらず、脚にも負荷を感じず、この感覚ならひとまずいけるところまで行ってもバチは当たるまい、と努力度は維持。

途中の平坦区間ではグイグイ引っ張れる感覚が得られていたため、体力的にもまだまだ余裕はあり、上りでもリズムを維持して苦も無くクリア。

しかし、中間点の区間最低地点を通過したところで、一気に脚の疲れが増してきました。

そこからは2km以上の上りが始まり、踏ん張りが効かなくなります。

測ってはいませんが、恐らくこの区間はキロ3分30秒ほどかかっていたと思われ、上りとは言え若干潰れてしまったのは否めません。

最後の1.5kmは平坦から下り優位ですが、ほぼ惰性で走るのみとなりやはりOP気味のレースとなりました。

しかし、フィニッシュタイムは31分48秒と、目標にしていたキロ3分25秒平均は大きくうわまり、区間順位としても50位以内(強豪チームが多い170チーム中、かつ準エース区間なので十分な順位)を維持し、久々のアンカー区間でも及第点の走りができました。

やはり、多少潰れたとしても、今回のような猛烈な追い風条件では押していける範囲で突っ込むのもありだな、と新たな発見をしました。(前半抑えてたとしても、後半の上りを前半の遅れを取り戻せるほど走れたかどうかは疑問)

6区中継所をフィニッシュ方面から見上げた写真。中継所がすでに下りとなっていて、どんどんスピードが出てしまいます。

10km前後のロードは久々でしたが、シューズの快適さもあり、かなり気持ちよくリズムを刻んでスピードに乗ることができ、良い印象でレースを終えることができました。

次回のレースは来週のハーフです。

こちらのコースもかなり起伏のある難コースですが、とにかく良いリズムを刻みながらスピード感を感じられる走りをしたいと思います。

さて、今月も通勤ランを中心に平日のジョグを積み重ね、走行距離は400km超え。

30日走行距離は若干減りましたが、これで6ヶ月連続400km超えなので、このサイクルもだいぶ楽に回せるようになってきました。

6ヶ月連続の月間400km超え。また今年度は10ヶ月中8ヶ月が400km超え。

さらに、先週の奥むさし駅伝に続き、来週の所沢シティマラソン、そしてその翌週の青梅マラソン10kmまで、おおよそLT強度のレースが続くため、1月からはLT強化の月間としています。

もちろん、それまでもマラソンレースを走ったり、距離走なども行ってきたことから、十分に刺激は入っていましたが、2ヶ月ほどVO2Maxに寄った練習を継続したため、もう少し余裕のあるペースで刺激時間を確保したいと思いました。

今月からLT強度の練習を再開。2月もレースが続くのでそこまで継続。

12月から3月までは駅伝とロードレースが続くため、この間はレースを通じてLTに刺激を入れていこうと思っています。

現状、マラソンのための総走行距離としては今の月間400km超あたりがライフスタイル的にも体力的にもギリギリのところですので、あとはそれを維持しながら週1でLTレベルを維持していければと思います。

1月は前半は強度の高いVO2Max練習。後半は刺激時間を伸ばしてLT強度の練習。

先週の駅伝もそうでしたが、今日の練習でも1kmを3分30秒を切って走る際のスピード感、脚の力強さのようなものはだいぶ戻ってきたような印象を受けました。

一歩一歩無理矢理動かしている感覚ではなく、下腿のバネを使って接地の瞬間だけ力を入れている感覚です。

10年くらい前までは、こうした力の入れ方で1kmを3分ちょうどくらいでも行けていたのですが、ここ数年はもう全くスピードが出せなくなってきました。

この期に及んでそうしたスピード(あるいはスピード感)がどこまで戻るか全く予測できませんが、少なくとも感覚的には戻りつつあることは確かなので、今月のレースの中で少しでも手応えを感じられればと思います。

12月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

さて、今日で2024年も終了です。

シーズンは4月始まりのため、ランマニア的には年の切り替わりがシーズン終了ではないので、トレーニングやランニングに関しては別段ここで区切りをつける理由はありません。

しかし、11月に大きなマラソンレースを2つ終え、その後ぐだぐだにならずに12月のトレーニングをしっかり積めた上で、1月からのロード&駅伝シーズンを迎えられると言う点では、ここで一区切りつけて1月からフレッシュな気持ちでレース期間を迎えると言うのも悪くはないかな、と思ったりもします。

今述べたように、正直12月はどうなってしまうのか若干の心配はありました。

と言うのも、一月に2レースものマラソンを、そこそこの好タイムで走った後にダメージが残っていないはずもなく、疲労や不調に陥るだけならまだしも、故障などをしてしまうと1月からの駅伝&ロードを全て棒に振ってしまいかねないリスクがありました。

なので、12月に関しては、日々自身の体調や脚の疲労状態を注意深く監視して、少しでもおかしければまとまった休みを入れるつもりではいました。

しかし、終わってみると、3週目の週末に連戦となったバーティカル最終戦と入間市駅伝でも比較的良い結果が得られ、大きな不調に陥ることなくトレーニングを継続することができました。

V GAMESの最終レースとなった吾妻山登山競走では、本レースと年間ランキングでも年代別1位になることができました

Xの方では何度も言及しましたが、トータルの走行距離が伸びたことで、一度の練習やレースからのリカバリーがだいぶ改善され、大きなダメージを受けにくくなり、回復しやすくなったことが一つの要因として考えられました。

その結果、マラソンのようなかなりの負荷のかかるレースが入っても、強度を抑えた練習を継続していくことで、体の状態も緩やかに回復していくことが実感されました。

12月の練習もおおよそ予定通り実施することができ、計画していた負荷をかけることができたと思います。

12月は、再び一旦VO2Max中心に負荷をかける月として、レースも含めて4週連続でVO2Maxの強度に揃えました。

12月に関しては、1月の駅伝やロードレースに備えて一度強度を上げて、5kmや10kmのレースペースに耐えうる体に戻そうと考えていました。

11月はマラソンを2本に加え、ロング走も1回入れており、10月まで遡ってもハーフマラソンやロングトレイルなどで、脚や体にかかる負荷が大きなダメージとして残るものとなっていました。

一方、VO2Maxの強度で3km程度ならば、そこまでの負荷はかからず、10〜11月ほどのダメージは残らないだろうと考えていました。

実際、1kmあたり3分20秒〜10秒くらいのペースで走っても、呼吸は猛烈に苦しくなるものの脚の疲労はほとんど残らず、無理なく4週続けることができました。

12月は最後にロング走を入れましたが、それ以外は全てVO2Maxインターバルを入れました

一方、今月もトータルで450kmを走ることができ、これは2024年では一月あたりの最長走行距離で、30日間走行距離で435kmと小の月換算でも目安としていた距離に届きました。

この結果、年間4800kmを超え、おそらく大学を卒業して以降では最も距離を踏んだ1年となったはずです。

今年は年間4800kmを超え、400kmを超えた月も8回あり、安定して練習を継続できました。

そうした練習の積み上げは、1年間を通してのレース結果にもだいぶ反映された印象で、目標としていたV GAMES JAPANの年代別年間ランキング1位とバーティカル日本選手権年代別1位という、長期間にわたって安定した走力を維持する必要のあるタイトルの獲得につながったと考えています。

また、それと両立してマラソンにおいても安定した成績を残せたことも同様の理由を考えています。

現時点では今シーズンの取り組みが比較的良好に反映された2024年となりました。

ここまでの結果には十分満足していますが、今後、1、2月の駅伝&ロードに加え、3月に控えている板橋シティマラソンまで安定した結果を残せて初めて今シーズンのトレーニングとその成果が完成すると思っています。

そのためには、とにかくまずは故障をしないこと。そして欲張らずに、余裕を持って日々の練習を着実にこなしていくことが重要だと考えています。

11月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

マラソンレースを2レース入れた11月も終わりました。

当初はマラソンを二度も走るつもりはなく、また1レースでもマラソンを走れば、当然しばらくは疲労が抜けないため、月当たりの走行距離もだいぶ落ちるだろうと想像していました。

しかし、終わってみると今月の30日間走行距離は420kmを超え、8月から4ヶ月連続で400km以上の走行距離を確保することができました。

8月以降4ヶ月連続で400kmを超え、今年は7度目の400km超えとなりました。

マラソンを含め、レース後のリカバリーも早くなった印象で、10月のレース月間においても通常の走行距離を維持しながらもレースを定期的に取り入れることができました。

やはり、通勤時の練習で、朝と夕方の2部に分けて走ることで、多少の疲労を感じても練習はしやすいですい、思ったよりもダメージが残りにくいというやりやすさはあります。

ただ、11月はロング走も入れるとマラソンレースペースで走った距離が100kmを超え、同じ走行距離でも相当な負荷がかかっていたことは事実ですね。

マラソンレースペース、いわゆるMペースでの走行距離は100km超。およそ25%にも及ぶ走行距離でした。

しかも、11月は完全レストの日が6日間もあり、練習実施日は24日。24日で424kmでしたし、そのうち25%がマラソンペースだったことから、脚だけでなく、脳やその他の生理学的機能にもかなりの影響があるものと思われます。

そうしたことから、今は非常に故障のリスクが高く、ただのジョグにしてもあまりペースを上げたり、ダイナミックなフォームでガシガシ路面を叩いていると、割と簡単に故障が発生してしまうと危惧しています。

なので、先週は平日のジョグの距離を抑え、さらに努力度も抑えに抑えてジョグを継続したところです。

11月はレスト6日。24回の走行回数で424km走りました。

10月、11月と、かなりハードな2ヶ月を送ったことは間違いなく、今後どこかで不調期間が訪れると思います。

とはいえ、12月は第三週にバーティカルのシリーズ最終戦、吾妻山登山競走があり、ここでは年代別のシリーズ総合順位が確定する大事なレースとなります。

吾妻山登山競走は、距離は2.5km程度の超短距離トレイルレースなので、ここからの二週間は若干スピード、VO2Max強度に寄せた練習を取り入れ、体を高強度に慣らしていこうと思います。

どうにか、ここまではしっかり練習を継続して、いい形で2024年を締めくくりたいところです。

第44回つくばマラソンに出場しました

こんにちは、ランマニアです。

今月二度目のマラソンレース、つくばマラソンに出場してきました。

今年から松本マラソンが陸連コースとなり、二週間前には数年来の念願叶って松本でマラソンレースを走ることができました。

ただし、初マラソンから毎年のようにエントリーしてきたつくばマラソンとも時期が重なってしまい、当初はどちらかで記録を狙えればいいと思い、2レースともエントリーしておいたのですね。

その結果、今週のつくばマラソンは、マラソンレースからわずか二週間後にもう一度マラソンレースを走るという、異例のスケジュールとなってしまいました。

ただでさえ二週間ではマラソンの疲労は抜けるはずもなく、また松本のコースは非常にダメージが大きいアップダウンの激しいコースだったため、正直このつくばマラソンはジョグに毛が生えた程度の走りしかできないものと想定していました。

実際レース当日も、レースの日とは思えないほど寝起きが悪く、車で移動中も睡魔に何度も襲われ、松本の疲れがまだまだ残っている印象でした。

また、レース当日の調子のバロメーターとも言えるトイレ問題も、疲労の影響からかなかなか腸が動き出さず、スタート30分前になってようやく済ますことができた状態でした。

こうしたネガティブな情報ばかり蓄積していたため、スタートエリアで待機中も全くモチベーションの上がらず。

やはり二週間に二度のマラソンレースは無謀だよな、とかなり後ろ向きな気持ちで号砲を待っていたのですね。

スタートエリアは陸連登録で記録申請をしていたため何とかAエリアの第1ウェーブスタートが叶いました

スタートしても,松本のような軽やかな脚の動きは全くなく,42km走り切るだけの余裕を持って走ると体感的にはジョグのような速度感にまでペースが落ちてしまう印象でした。

過去何度もマラソンを走っていると,スタート時の体調や脚の感覚で大体その日の結果が予想できてしまうものですが,今回は典型的な「ダメな日」のそれでした。

初めの1kmの通過を確認すると,3分56秒。

通常興奮して脚がよく動いてしまう入りの1kmはたいてい少し速すぎるラップになるものですが,その中でこのラップはあまりにも遅すぎて軽くショックを受けたほど。

「こりゃ本当にダメだわ」と早々に覚悟を決め,今日はとにかく最後まで文字通り「走り切る」ことを目標に,下方修正することにしました。

この「いつまでも走っていられる努力度」を常に意識しながら,脚の疲れ具合と努力度だけに細心の注意を払いました。

ちょっとでも無理にペースを維持しているような感覚があればすぐに緩め,脚の疲労を感じればさらにペースを下げる,という準備をしながら集団の後方につきました。

そして,入りの1km以降はもう時計を見るのをやめました。

1km毎に「ペースが落ちた」だの「ちょっと持ち直した」だの,いちいち考えるのはエネルギーの無駄ですし,その都度ペースを微増させたり落としたりするのもかなりのエネルギーロスにつながります。

そうした中で,ラップ計測用のマットを通過する際にだけオフィシャルのタイマーが目に入ります。

5kmは19分40秒台。

相当に遅いですが,しかし一方ではこんなにジョグみたいな感覚で走ってもキロ4は切ってるのか,と少し心の余裕が出たのも事実。

今日は最後までこのペースで走ればいいや,と気持ちも楽になりました。

そのままその集団の後ろで風を避けながら10kmの通過。39分10秒台。

思ったよりもペースが悪くないことに気づき,ようやく気持ちも前向きになってきました。さらに,ノーアップでスタートしたせいか,ここへきて脚の動きもむしろ良くなってきているのを感じました。

そして,ここで「今日は30kmからペースアップをする。そのために,30kmまでは可能な限り温存する」というレースプランが頭に浮かび,ここからの20kmは最後の12kmを走るための温存区間だと言い聞かせるようにしました。

気温が低かったこともあり,給水も22kmまでは手をつけず,淡々とこのキロ3分50秒台の努力度を維持し続けました。

ハーフは1時間22分台後半。

松本マラソンよりも遅い通過でしたが,松本はこの時に「山の神」をやり終えてかなり脚にきていたことを考えると,今日は信じられないほど脚はノーダメージ。

とはいえ,マラソンの「残り半分」は実はようやく「スタート」なので,まだまだアクセルを踏んではいけません。

ここからペースアップして過去何度失敗したことか。

20〜30kmこそ,マラソンでの「温存区間」なのですね。

27kmすぎの1度目の折り返し地点は駅の近い沿道の応援が大きくなるところ。自然とペースが上がってしまいがちですが,ここはまだ我慢です。

1回目の折り返し地点が近づくと,沿道の応援がものすごく,ついついペースが上がってしまいますが,とにかく30kmまでは力を抜かなければ,とあえてストライドも抑えてリズムを整えます。

ところが,走行しているうちに,遥か遠くに見えていた「2時間45分集団」が次第に近づいてきていました。

全身の力を抜いて,ピッチをしっかり整えることで,むしろペースは上がっていたのです。

これは今回のマラソンで初めて体験した現象で,後で思い当たったのは,もしかするとこれが厚底カーボンシューズのアシストなのではないか,と。

力んで無理に前へ進もうとするよりも,力を抜いて接地で得られたエネルギーを殺さないように自然に足を前に出すだけで,かなりアシストが得られるのではないか,と。

この感覚を身につけてから,努力度は変わらないものの,むしろペース自体は次第に上がりつつあり,ついに迎えた30km地点ではすでにその集団に追いついてしまいました。

この集団について行っても45分で行けるなら,もうここでいいかな,と一瞬よぎりましたが,気づくと集団の先頭に立ってしまっていたため,「もう行ってしまえ」とペースは抑えずにそのままのリズムで走り続けました。

この辺りからは,もう「SEIKOタイマー」もほとんど確認せず,自分の努力度と脚の疲労だけに注意を向けながら,残りの距離との兼ね合いを考えていました。

大通りから急坂を上って筑波大学への県道に入る35km過ぎでも,過去最も元気に急坂を上ることができました。

筑波大学構内に入って37km地点。

流石に脚の動きが鈍くなってきて,これはペースダウンしてきたかな,と思い,このあたりからようやく努力度を明確に上げていきました。(後から知りましたが,実は最後の5kmは最もペースが上がっていました)

40kmを通過。ここで初めてタイムを意識しました。

どうやら最後の2.195km次第では,2時間43分台も狙えることがわかったからです。

しかし,何度も走ったつくばマラソンです。この先に控えている「ラスボス」,最大の難関のことは常に頭に入れながらここまで走ってきています。

ラスト1.5km地点にある,跨道橋のアップダウン。

距離にしておおよそ200mの急な上り。ほとんど終わってる脚でこの坂を登るのはどのレベルのランナーでも相当な苦痛となります。

もうここは正直「気合い」で乗り切るしかないのですが,それでもその後まだ1kmも残っています。

ラスト1kmは苦痛との戦いです。

松本マラソンほどのしんどさはなかったものの,どんな走りをしても,マラソンの最後の1kmは同じようなしんどさはあります。

フィニッシュが近づけば近づくほどキツさは二次関数的に増加していきます。沿道からは「後ちょっと」と言われますが,全然「ちょっと」じゃないわけで。

競技場に入り,最後の直線で2時間43分10秒台。

スタートの時点では全く想像もしていなかった高記録に,自身でも驚きの結末でした。

ラスト1kmが楽な人はいません

終わってみれば,2017年東京マラソン以来の2時間45分切りを達成。

しかも,マラソン2週間後の「再マラソン」という暴挙に出た中で,という自分でも予想していなかった結果です。

完全に脚が終わった松本マラソンからわずか2週間。本来は,どちらかをDNSする予定でした。

いろいろ考えましたが,一つは4月以降総走行距離が伸び,だいぶ回復力が上がってきたこと。

そしてもう一つは,やはり厚底シューズの恩恵かな,というところです。

確かに,Adios Pro3の衝撃吸収性能は驚くほど高いですし,かなり大腿部を使って走れるため,ふくらはぎのダメージがほとんど残らないのですね。

大腿部は筋肉が大きいのでその分回復も早く,2週間でもどうにかマラソンが走れるほどには回復したのだと考えています。

とはいえ,2週間で2本は基本やってはいけない「暴挙」なので,今回は例外中の例外ということで,2度とやるつもりはありません。

一方,やはり総走行距離の増加はマラソンレースそのものや,長いスパンで見たリカバリー力にもかなり効果をもたらすことがわかり,今後も無理のない程度に距離を伸ばしていこうと考えています。

いずれにしても,ようやく以前のようにマラソンのレースを楽しめるほどに走力と体力が戻ってきて自信がついたのと同時に,まだまだ記録にチャレンジできる体であることにも気づけ,まずは一安心といったところです。