M×Kディスタンスチャレンジ(5000m公認)に出場してきました

こんにちは、ランマニアです。

さてレース月間も三週目となり、いよいよ最も「過酷な」5000mトラックレースの日を迎えました。

トレイルやフルマラソンなどと違って、とにかくこのトラック5000mというのは(というかこれ以下の距離のトラックレースは)スタートからゴールまで一瞬たりとも休む間がなく、極端な話「ずっときつい」時間が続く、過酷レースなんですね。

もちろん、100kmや100マイルのウルトラマラソンだって、最終盤ではこの世の地獄が待ってるのでしょうが(ランマニアに経験はありません)、この5000mという距離はギリギリVO2Maxペースを最後まで維持するのでとにかく苦しい。水の中で呼吸をしているかのような、猛烈な苦しさがずっと続くのですね。

いえ、若い頃はそうでもなかったんです。ほどほどの苦しさのまま最後まで押し通せるような余裕があったのですが、30代後半になったあたりから、この5000mという距離が猛烈に苦しくなってきました。脚はそうでもないんですけどね。

そんな苦しくて仕方がない種目なので、とにかく正直なところずっと気が重くてですね、トラック走って今の純粋な実力を把握しなくちゃな、という気持ちがある反面、早く終わってくれないかな、っていう気持ちもずっとあったのですね。

そして、その苦しさに加え、この種目はランマニアの長距離ランナーとしての今の実力を知る上でのいわば「ベンチマークテスト」みたいな位置付けで、とにかく「失敗するとかなり凹む」という、結果を知るのが恐ろしい側面も持っているのです。

なので、とにかくこのトラック5000mはメンタル的にタフな種目だったのですね。

ここ数年必ず毎年1回はトラックで5000mを走るようにしていますが、4年前の15分52秒をピークに、3年前の15分55秒、去年に至っては16分29秒と急激に走力の低下を目の当たりにしていて、正直、年齢による影響を疑い始め、自信をなくしかけていたところでした。

そんな中、今年は一念発起してダニエルズのゴールドプログラムに取り組み、もう一度基礎体力を高めて15分台を狙ってみたいと、考えていました。

Twitterで何度か書きましたが、ランマニアの中では1000mのインターバルを5本やった時の合計タイムが、大体その時ピーキングして迎えた5000mのタイムに相当する、という傾向があり、その観点では今シーズンは1000mのインターバルを3分12、3秒で行っていたので、ちょとギリギリなのかな、と思ってはいました。

なので、今日のレースも最初の1kmは絶対に飛ばし過ぎずに、どんなに速くても3分10秒まで、現実的には3分12秒くらいかな、というイメージで走りました。

スタートして1周目は75秒後半。ちょっと速めだけどむしろ最初の脚の軽さで遅めだと調子が悪い証拠なので、これくらいのオーバーペースはちょうどいいくらいと前向きに。

2周目は77秒くらいまで落ち着いたので、このままこのペースを楽に維持したいと考えながら1000mの通過が3分11秒。

しかし、絶妙なペース配分なのでこれはいいぞ、と思った矢先、ちょっとこのペースを維持するのがキツくなってきました。

呼吸も苦しいし、脚も動きが鈍くなってきて、このまま一生懸命このペースを維持してしまうと、間違いなく3000m手前から一気にペースダウンするのは目に見えていたので、仕方なくその集団につくのをやめて、後方から様子を伺うことにしました、っていうほど余裕はなく、もうすでに前についていくのが精一杯で。

2000mは苦しすぎて時計を押すこともできず、推定ですが6分25秒前後。

しかし、ここでの「休憩」で若干苦しさが和らぎ、またマラソントレーニングで鍛えられたせいか、脚は全く問題なく動くのでもう一度集中力を立て直しました。

3000mはアナウンスを聞き9分40秒。

この時点で15分台は詰んだので、残り3分15秒でいけば16分一桁もまだあるか、と目標を修正。

余談ですが、レース中(まあ練習もそうですが)、目標を持つということは非常に重要で、◯◯分が切れるぞ、というような目安があるだけで、かなりキツさに耐えられるようになるんですね。これは嘘のような本当の話で、脳科学の観点からもエビデンスがあるみたいで。なので、「15分台は無理だ、終わった」と思うのではなく「16分一桁台を目指そう」と気持ちを切り替えることは、その後の展開を大きく変えると思っていました。

さらに、もう一つ気持ちを切り替える方法として、我々のようにフルマラソンのような距離感覚に慣れているランナーですと、1kmとか2kmとかいう距離は、結構短く感じる傾向がありますね。

確かに5000mレースでの2km、1kmはとてつもなく長いんですが、比較的我々は脚ができていますから、苦しさだけ耐えられれば、どうにか脚の方は動かすことができるのです。

なので、5000mのような「短い」距離では、「残り7周」と見えても「残り2.8km」と置き換えるだけでだいぶ気持ち的に優位に立てる時があります(本当に僅かですが・・・)。

こうして、3000mを過ぎてからはいかに気持ちを切らさずに苦しさを我慢するかがテーマになり、今日も猛烈な苦しさの中ペースを維持したのですが、どうにか次の1000mも3分15秒でカバーすることができました。

そしていよいよラスト1000mです。

もうここからはいかに自分の「脳をだますか」ですね。「苦しいのは気のせいだ」とか、「16分一桁で走れば、限りなく15分台に近づくのだからゴール後の印象が違うぞ」とか、とにかく色々と問答して「諦めそうになる心」と戦うのですね。いや、本当しんどい。

さらにラスト1000mからの200mを走り終わったあたりが最もきついのです。うわ、まだ2周もあるのかよ、と絶望するのですね。でも、ここは勢いで1周回ってしまいます。1周回ってしまえさえすれば、残り1周なんですから。

さあ、そんなことで遥か先でラスト1周の鐘が鳴ります。この苦しさとの戦いも、残り80秒弱。そう思って、両手両足をひたすら動かします。

途中、選手の付き添いの方達がタイムを読み上げているのを聞いて、流石に16分一桁は厳しくなりましたが、それでも最後の直線で力を振り絞ります。もうすでにしんどさは限界。まるでこの世の終末です。

タイムが読み上げられながらフィニッシュラインを通過。「16分10秒」と読まれた時にはライン手前だった気がするので、一桁は無理だったか、と。

それでも、去年の16分29秒に比べれば大きな進歩。ここ数年では久しぶりに16分台前半でトラック5000mを走れたので素直に嬉しかったですね。

後ほど正式タイムを確認して16分11秒1。まあ、こんなものでしょう。

ちなみに、またまた余談ですが、この織田フィールドは今を遡ること27年前におそらくランマニアの生涯自己ベストとなるであろう5000mのベストを出した記念すべきトラックでして、それ以来の公認レースだったのですね。

そして、帰りながら色々と振り返り冷静に事実を分析してみると、

・ここ数ヶ月、圧倒的にVO2インターバルが不足していたのは事実。この苦しさはその影響を無視することはできない。

・しかし、その中でもLTが維持できていたことで苦しくなった時にペースを抑えれば撃沈することなくそのままのペースで押していける。

・ダニエルズ練のアプローチは間違っていない(5000mに特化していないので)。

・正直なところ、先週の志賀高原の疲れはあり脚の回転が鈍かった。

こんなところでしょうか。

もしこの先本当に15分台を狙うのだとすれば、今のマラソントレーニングの中に、もう少し1000mのインターバルを入れていくこと、しかもVO2ペースよりも若干速い3分一桁台で、といったところでしょうか。

4年前は毎週のように1000mのインターバルを入れていましたが、今のように厳密なIペースではなく、もっと速いペースで3本とかでした。なんというか、自分の体にかけられる最大負荷で走り通すというイメージで、本数少なく強度高め、といった具合です。

しかしこれはかなり脚に来てしまうので怪我のリスクは跳ね上がりますし、ただでさえ最近走行距離が伸びているので、果たして体が耐えられるか、というところです。

とはいえ、ひとまず最大の懸念事項だった現在の「ベンチマークテスト」も無難に終えることができ、ホッとしているところです。

来週はいよいよレース月間最終週で、烏帽子バーティカル、スカイレースのコンバインドです。きっとしんどい二日間になるでしょうが、ここは「山頂の景色と温泉と食事を楽しむ回」と割り切っているので比較的楽しみにしているレースです。

夕暮れ時の渋谷方面へ。今日も貴重な記録会を開催していただいたMKのスタッフの皆さん、ありがとうございました。

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