残り1週間

こんにちは、ランマニアです。

いよいよ人生初の海外レース、初の世界選手権まで残り1週間となりました。

出場が決まった4月から約4ヶ月間、走行距離55km、累積標高差4100mという未知なるコースの踏破に向けて、やれる準備はしてきたつもりです。

走行距離も獲得標高も、どちらも完走した経験はなく、実際体がどのような状態になってしまうのかいまだに想像もつきませんし、それを走り通すにはどうすれば良いかも正直わかっていませんでした。

しかし、確実に言えることは「山を長く走ることに慣れること」であり、そのための準備をするしかないと考えて4月からの練習を組み立てました。

4月は、自宅から最も近い山に毎週のように通い、「山を走る頻度」をあげました。

ゆっくりでもいいし、短時間でも、獲得標高も低くても、とにかくなんでもいいので毎週山を走る、ということを目標にひと月を過ごしました。

4月は自宅から最も近い飯能の山々へ向かい脚を慣らしました

続いて5月は、ちょうどスカイランニングのジャパンシリーズが開幕する月でしたので、そのレースも含めて近場のレースにもエントリーし、本格的にロングコースのトレイルを走る機会を確保しました。

秩父で行われた40kmレースでは、疲労とペース配分のミスとで完走できなかったのは痛かったですが、たまたま最終週にTwitterの有馬さんにお誘いいただき、Zakiさんと共に走ることのできた箱根外輪山トレイルが自分にとって大きな自信となりました。

というのも、このトレイルコースは47kmで累積3600mと、自分自身の最長距離トレイルとなったにも関わらず、練習自体もまだ2ヶ月程度しか継続していなかった中で、どうにか完走できたからでした。

自分にとって大きな自信となった箱根外輪山トレイルの完走。
休みを入れることとペースを落とすことの重要さを身をもって体感しました。

結果的に、このあと今日に至るまで、この日の練習を超える距離と累積標高を走ることはできていないため、このタイミングで一緒に練習をしていただいた有馬さんとZakiさんには正直大感謝なのですね。

本来であれば、この5月に出来上がりつつあった「山を走る脚」を使って、6月はもう一度長距離トレイルを走っておきたかったのですが、珍しく走ることに影響する程度の風邪を引いてしまい、予定では50km近くまで走るはずだった奥武蔵ロングトレイルのコースで、30kmDNFとなってしまったのですね。

しかもレース日を間違えるというしょうもないやらかしをし、いろいろ残念なロングトレイルとなりました。

とはいえ、5月はかなり無理をした感があったため、この6月を控えめに過ごせたことは、のちのちリカバリーの効果を上げるためには良い方向に機能したかなと思っています。

風邪で走れなくならなかった場合、7月のトレイル練と合わせるとかなり脚に負荷がかかってしまったであろうことは、容易に推測できます。

事実、今月は初めて予定外の休みを入れるほどの脚の違和感を感じ、山練のダメージが看過できないものとなってきてはいました。

幸い、走行不能な「故障」にまでは発展していませんが、6月に無理をしていたら、あるいはどうなっていたかわかりません。

暑さを避けて敢行した富士登山では、ロード登りで踵の痛みが生じ、その後の練習に対して慎重になりました。

おそらく、アキレス腱周囲炎になりかけた状態だったと思いますが、2日後に行った1kmのVO2Maxトレーニングではむしろ痛みは発生せず、日常の通勤ジョグでの方が若干違和感が多く出る状態でした。

ですので、おそらくそれほど症状は重くない感じはしていて、最悪痛くても走れる状態で当日を迎えさえすればどうにかなるかな、とどちらかというと現状維持を意識して練習を続けることにしました。

5月に箱根外輪山を完走したとはいえ、実際には55km累積4000m超えを余裕を持って走るには到底練習は足りていなかったため、最低限この7月はトレイルの頻度を確保したかったのは事実です。

そこで、今月は3度のトレイルを入れましたが、最後は松本の北アルプスへいき、可能な限り実戦に近いシチュエーションで山を走ることにしました。

北アルプスの常念岳を含むトレイルは、コース特徴が本番に酷似していて、
レース当日の初めの20kmをシミュレーションできる絶好のトレイルコースでした。

山を走る分には踵の痛みも出ず、最悪このまま当日を迎えてもなんとかなるかな、というある程度の見通しを持つことはできた印象です。

結果的に、そこから1週間経った今日に至っても重症化せず、今日は予定通りインターバルを行いましたが、痛みも出ずに無事終えることができました。

人生初の日の丸入りのユニフォーム。誰でも買えるとはいえ、やっぱりテンション上がります。

ということで、この4ヶ月を振り返ってみましたが、ほぼ計画通りのトレーニングを継続でき、当日走れなくなるような故障も今のところ発生せず、自分の中ではやれることはやったかなと。

もちろん、当日のコースを考えればまだまだ練習は足りていないのですが、最も重要なのは「計画したトレーニングを故障なく遂行すること」だと思っているので、「過ぎたるは及ばざるが如し」を防げたと思って、現時点では満足しています。

レースは現地時間の30日(日)6:30AMスタート。出国は26日夜で、現地には27日の昼前に着く予定です。

この土日は最後の週末となるため、遠征の準備は明日までに終えておきます。

6月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

あまりにも早く過ぎ去った6月。

いよいよ初の海外レース、初の世界選手権まで残り1ヶ月となりました。

5月に徹底的にトレイル力を高め、その反動で故障をするのを最も恐れていたのが6月。

この6月はトレイルを控え、その代わりにLT域に集中的に刺激を加え、総合的な走力を高めることに注力しました。

月に3回以上LT走を入れられたのは数年振り

5月のロングトレイル練習を繰り返した1ヶ月で、とても感覚的なのですが、長い距離を走っても脚への衝撃が感じにくくなった印象はあります。

その結果、毎週のようにLT走を入れつつ、それでいて週あたりの走行距離を維持させても、あまりダメージが長引かなくなりました。

今月、久々に毎週のように高強度練習を継続したにも関わらず、ギリギリパフォーマンスを維持できたのも、4、5月の下地づくりのおかげだったと考えています。

また、今月は1度だけミドルのトレイルを入れましたが、30kmで累積2000mという、昨年までならかなりダメージが残りそうなボリュームのトレイルを走っても、全く筋痛が発生しなかったのも進歩を感じました。

そうした意味でも、6月は、5月のダメージを取り除きつつも、一度作り上げた脚力、持久力をギリギリ維持する、意外と練習の計画を実行するのが難しい1ヶ月だったようにも思います。

トレイル率を減らし、その分LT域を取り入れた6月

そして、今月は30日しかない小の月でしたが、かろうじて今月も350kmを超えることができました。

月間あたりで区切ることはナンセンスですが、それでもこの3ヶ月間の平均したボリュームが、だいたいこの「月あたり350km」という目安は、長距離のトレーニングを継続するための最低条件な気がしています。

かろうじて月350kmを超え、3ヶ月連続でこの距離を維持できました

今月久々に取り入れた高強度練習が、あまり脚にダメージを残さなくなったことが何よりの証拠です。

週1回テンポ走やクルーズインターバルを入れたくらいで、下腿の張りが抜けなくなるようでは、到底マラソンの練習など取り入れることはできません。

昨年は、ここまでの脚を作る前に故障をして、結局練習を十分に積むこともでなかったのですね。

4月に練習を開始するにあたり、本番までの4ヶ月をかけて、長い距離を走ってもダメージの残りにくい脚を作っていくことを第一の目標にしていました。

最終的には500km走ってもダメージが残らない脚、って、まあそれはかなり難しいです

とはいえ、7月の本番はいまだ未踏の55km、D+4141m。

本来、この距離を難なく走れるようになるには、当然今のような練習では足りないわけで、今のライフスタイルでこの領域に到達するのはなかなか至難の業だと感じます。

しかし一方で、故障をせずに最低限の走力を身につけることもレースに臨むために必要な条件であるため、今回はいわばこの「B案」に向けて残り一月を送ることになりそうです。

7月は、明日、7日、17日の3回トレイルを入れ、もう一度トレイル脚を調整した上で、30日の本番を迎えようと思います。

5月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

1ヶ月間では過去最高距離のトレイルを走った5月も、どうにか無事に終えることができました。

上田スカイレースから始まり、FTM、箱根外輪山と、長距離かつ高負荷のトレイルが1ヶ月の間に立て続けに入り、最も心配していたのが故障。

上田やFTMの後には、一時的にふくらはぎが強く張って危ない時期もありましたが、そこはペースを極力抑えたジョグを継続することで、どうにか切り抜けることができました。

一方で、そうした脚へのダメージや疲労感からの回復が、トレイルを走るたびに少しずつ早くなっていく感覚が得られ、段階的に脚が出来上がっていく様子が体感できました。

おおよそ中10日のペースで3度のロングトレイルを取り入れた5月。心配された故障はどうにか回避できました。

今月はトレイル率が3割もあったため単純に比較することはできませんが、走行距離的には4月とほぼ同等の362km。

4月より1日多いため、平均すれば若干距離は抑えられましたが、トレイルの負荷はダメージが残ることを考えると、月あたりの総負荷量は格段に上であったと思います。

3分の1がトレイルとなった5月。

その意味でも、5月に入る際に最も気掛かりだったことは、やはり練習を間違えるとどこかで故障が発生してしまうだろうということ。

ただ、それは7月の本番までは常に付きまとうリスクであるため、今後も全く油断はできない状況です。

そして、この4月、5月は昨年の1月、2月以来、久しぶりに2ヶ月連続で月間350kmを超えた二月でもありました。

ここ数年で最も長く続いたのは3年前の5ヶ月でしたが、やはり月間350km超えが一定期間続くと故障のリスクは上昇します。

特に、昨年のように突然距離を延ばした時は確実に故障をするため(昨年は5月にいきなり390kmを走って6月に故障)、ここから先は特に慎重にならなければなりません。

久しぶりに2ヶ月連続で350kmを超えた、この4、5月。

さて、この5月までに、目標であったトレイルの走力を、7月のレースで完走できる程度にまでは高めるということは、おおかた実現できました。

この力を、長いようで短く、短いようで意外と長い残り2ヶ月、どう維持するかが課題です。

故障を恐れて何もしなければ、間違いなく走力は落ちますし、かといって50kmクラスのトレイルを何度も入れるのはリスクが高すぎます。

考えられる取り組みとしては、ここまで月3回程度取りれてきたトレイル練を、月2回ほどに抑えたり、一度に走る距離も30km、累積2500m程度に抑えるなどの工夫でしょうか。

55km、累積4000m超えという、もはや未知なるボリュームをやり切るためには、ペース配分が最大のポイントだと思われ、ある意味故障さえせずに今の状態で当日を迎えれば、走力要因よりもペース要因の方がはるかに影響を及ぼしそうな気もしています。

いずれにしても、日々の練習で常に脚の状態を注意深く監視し、やりすぎるくらいならやり足らない方を選択する意識を持って、慎重に練習を継続していこうと思います。

5月の到達目標

こんにちは、ランマニアです。

4月から開始した、7月の世界選手権のためのトレーニング。

移動距離55km、累積標高差4141mという未体験のレースとなるため、その完走のためにはかなり周到な準備が必要であると考えていました。

いきなりこの距離に挑戦するのは無謀なため、4ヶ月かけてこれを走り切る体を段階的に作っていく計画を立てていました。

まず、4月は30km程度の距離を走ってもあまりダメージの残らない脚を作ること。そして、累積で1500m程度の山を余裕を持って走れるようになること。

4月終了時点で、月間の走行距離が久々に350kmを超え、ひとまず前者はクリアした実感を持ちました。

また、3週連続で週末にトレイルを走り、最終的には距離21kmで累積1500m程度の山を、ダメージを残さず走れるようにはなりました。

4月に設定していた到達目標は、ひとまずクリアしたと言えるでしょう。

4月はいわば「基礎体力作り」の月。ひとまず目標は達成したと言えるでしょう。

そして、ひとまずの基礎体力が身についたところで、5月に入りました。

正直なところ、6月が終わるまでに55km、累積4000mを余裕を持って走れるようになるのが理想なのですが、レースの一月前にあまり無理をして故障をしたり、体調を壊したりするのはかなりのリスクだと思い、できれば5月中にどうにか完走できる程度の体には仕上げておきたい、と考えていました。

具体的には、移動距離50km程度で、累積3500m程度、と言ったところですね。

ちょうど、Twitterでフォローさせていただいている有馬さんから、ドンピシャの距離と累積の練習会(箱根外輪山一周)を、5月の最終週にご提案いただき、とにかく5月はこれを完走することを到達目標と考えて練習を続けることにしました。

そしてその練習会が昨日行われたのですが、結論から言うと、休憩をしっかり取りながらどうにかこの距離と累積のコースを走り切ることができたのですね。

箱根外輪山トレイルは、一周47km、累積標高差3600mほどという、今回の到達目標としてはまさにうってつけのトレールコース。

5月は第1週の上田シリーズ(バーティカルとスカイレース)を皮切りに、そこから中10日でFunTrailMinano(50km 累積2500m)があり、そしてそこから中11日で昨日の外輪山が計画されている、結構ハードな1ヶ月だったのです。

上田スカイレースは、25kmで累積3000mというワールドクラスなコース設定のため、はっきり言って4月くらいのトレーニングで到底太刀打ちできるコースではないため、案の定終盤お粗末な走りになりました。

完走はできたものの、2年前のPBにははるかに及ばず。

そして、その10日後に行われたFunTrailMinanoは、本番を想定してのレースだったため、距離は50km。ただし、累積は2500mとやや楽な設定で、まずは50kmという距離感覚を知ろうと出場したレースでした。

ところが、思ったよりも上田の疲労が抜けきれず、また勾配が若干緩やかであったことから、登りも下りもそこそこ走り通した結果、40kmでDNFという結果となりました。

ただ、この時点ではまだ50kmという距離は全く走れていなかったため、自分としては40kmも走ればそれで十分かな、という割り切りはありました。正直、ここで50kmはまだ走れなくてもいいや、という具合に。

トレイル率がわずか60%のFunTrailMinano。長距離のロードランニングは思いの外脚に来ました。

むしろ、このFTMはロードの区間がかなり長く(20km程度はロード)、一定のペースでロードを走り続けるような耐久性を身につけるには、ちょうどいいレースだった気もします。

5月に入って、負荷を若干急激に上げてしまった感は否めませんが、それでも、4月にゆっくりと身につけた基礎体力を使いながら、レースの中でトレイルを長く走る力を高めていけた気はしています。

その結果として、昨日の箱根外輪山の走りがありました。

昨日も、確かにトレイル連戦の疲れがなんとなく残っている感じがして、序盤から登りも下りも体がだるく、脚も重い感じはしていました。

そのため、8時間以上の身体活動を継続させるためには、相当な余力を残しながら終盤を迎えない限り、完走はありえないだろうと考えていました。

40km近く走ってきたあと、最後に待ち受けている壁のような登り坂。脚が残っていなければ、この屏風山は克服できなかったと思います。

前回のFTMでは、登りは抑えたつもりも、下りの方はあまり自重せずにリズミカルに走り続けてしまいました。テクニカルな下りでは、相当な集中力を使い、意外と頭が疲れてくる感覚があります。脳が疲れてくる印象ですね。

なので、昨日の外輪山では、序盤は登りだけでなく、下りでも無駄に飛ばしても意味のない区間では早々に歩きを取り入れ、気持ちもリラックスしてなるべく「頭」を使わないようにしたのですね。

登りでも、意識して「力を込める」くらいの負荷がかかる時はすぐさま「歩き」に変え、できるだけ「努力感」が高まらないように気をつけて走り続け(歩き続け)ました。

さらに、計画的にこまめに休憩を入れていただいたおかげで、定期的に脚(と脳)を休ませることができました。

すると、次のセクションまでは、一旦体がリフレッシュされた状態で走ることができ、疲労が積み重ならないような好循環が維持された印象です。

この二つの対策が功を奏し、どうにかこの5月の到達目標であった「50km程度で累積3500m」を、パスすることができたのですね。

補給ポイントでは10分以上休憩をとり、そこでは明確な体力の回復が実感できました。

ゴール後も、脚自体はまだ余力が残されており、もしこれがレースであったら、あと8km、累積500mは、最後の力を振り絞ってやりきれたと思います。

5月の到達目標であった、「55km、累積4141mをどうにか完走できそうなイメージを持つ」というところは、ひとまず達成できたのではないかと考えています。

ただし、それをいつでも確実に成し遂げられるほどの、絶対的な体力・走力はまだまだみについておらず、今回のようにしっかりと休憩をとり、ペースを間違えなければ、という条件付きの完走イメージです。

レース当日は、確実に舞い上がってしまい、冷静さを欠くことは容易に想像できますから、思わずペースが上がってしまったり、休憩を十分に取る心の余裕もあまりないと予想されます。

そういう意味でも、できれば6月中にもう一回くらい、50km、累積3000m以上の練習は入れておきたいところです。

とはいえ、この5月はハードなスケジュールの中、どうにか3回のトレイルトレーニングをこなすことができ、体力・走力のベースをワンランク上げることができたと考えています。

第9回上田バーティカルレースに参加してきました

こんにちは、ランマニアです。

今年もシーズン開幕です。

昨年は散々な開幕を迎えた長野マラソン、そしてその後の上田バーティカルレースでしたが、あっという間に1年が経ってしまい、気づいたらまた太郎山に登っている、という感覚でした。

昨年は猛烈に体調が悪く、初日のバーティカルも過去最低記録、2日目のスカイもDNFという最悪の結果でした。

今年は、7月に予定しているマスターズ世界選手権に出場するため、もう4月からその準備のために練習しレースに出るようなもので、今回の上田バーティカルレースもまずは山をある程度の時間走り続ける耐性をつける目的もありました。

とはいえ、4月は3週連続で山へ走りにいき、それなりに練習を積んできましたので、今回のスカイレースでその仕上がり具合を確認したい気持ちは当然ありました。

わずか3回のトレイル練を入れただけですが、累積は最高で1800mまで伸ばしていたため、その中で上田のコースにどこまでアジャストできるか試してみたい気持ちはありました。

初日は例年通り、まずは垂直方向へ登りっぱなしのバーティカルです。

走行距離5kmで標高を1000m獲得します(ただし、上田のバーティカルは特殊で、途中で一旦200mほど標高を下げます)。

実は、今回このバーティカルの方には少し自信を持っていて、そこそこの山練と去年よりも戻せている有酸素能力とで、これまでで最も走れるのではないかと淡い期待を抱いていたのですね。

当日を迎えた時点での体調もだいぶ良好で、レース前に軽く登り坂を利用して走ったWSの感覚も過去最高に良く、登り坂が平坦に感じるんほどの力強さを感じていました。

しかし、こういう時は得てしてやらかしてしまうもので、異常に動く脚がオーバーペースを誘発してレースを失敗するんですね。

今回も登山口までの1kmほど続くロードコースで、呼吸の感じからVO2Max並のペースに上がってしまい、登山が始まった頃には呼吸が一杯一杯になってしまいました。

レースタイムが50分から60分ですので、当然VO2Maxペースでは速過ぎますし、せめてLT程度の感覚で行かなければ最後までは持ちません。

烏帽子バーティカルのような途中でジョグを入れられるようなコースならまだ挽回可能ですが、上田の登りはほとんど走れないほどの急登ですから、一旦酸素負債が高まると、ちょうど5000mのレースにOPで突っ込んで脚が止まった時のような絶望的な状態に陥ってしまいます。

結局、累積600m地点のわずかにある走れる区間でジョグになった以外は、全て歩きモードとなり、尋常でない呼吸の苦しさと戦う羽目になりました。

それでも、調子自体は良かったため、呼吸の苦しさの割には脚は動き、なんとか一昨年のPBの1分半遅れでとどめることができました。

相変わらず太郎山山頂からの眺望は見事なものがあります。このためにバーティカルをやっているようなもんですね。

今年からスカイランニングジャパンシリーズ(SJS)のバーティカル部門は「V GAMES」と名称を変え、新たなシリーズ戦となりました。

スカイランニング協会に登録しているエリート部門は、年間シリーズの「GOLD」レースがポイントの対象となり、この上田と竜王、びわ湖バレイ、そしてグランドファイナルの吾妻のポイントでシーズンを競うことになります。

そして、今回から世界スカイランニング協会の基準に準拠し、マスターズ部門も新設され、幸運にも「Over48」クラスも設定されたのですね。

おかげで、PBよりも遅い55分台でもこのクラスで2位に入ることになり、まさかの表彰式にまで参加させてもらうことになりました。

マスターズクラスとはいえ、やはり表彰式は嬉しいものです。

総合でも25位に入り、かろうじてポイントを獲得することができました。ここは最低ラインだったので一安心でした。

さて、問題は2日目のスカイレースです。

何度も繰り返しますが、この上田の塩尻山城コース(エリート部門)は世界基準のコースでして、半端な練習では対応できない難易度を誇っています。

少しでも体調が悪ければ完走は不可能で、実績ある有力ランナーでもDNFとなるケースが決して珍しくないシリーズ最難関と行っても差し支えないでしょう(それが第1戦にあるのが理解できませんが・・・。)

昨年よりも体調ははるかに良く、また山へも何度か通っていたため、ある程度の走りはできるだろうなという予想はしていました。

しかし、わずか25kmの距離で累積3000mを登るコースの斜度は、どこも走れるような傾斜ではなく、最後に待ち構える2度目の太郎山登山で脚が動かなくなれば、棄権するための下山すらままならない危険な状況に追いやられることになります(なので辞めるなら2度目の太郎山の前です)。

なので、今回はここで記録を狙うつもりはさらさらなく、とにかく完走を唯一の目標に、序盤から相当抑えて走ることにしました。

1回目の太郎山登りは抑えに抑えて、一昨年よりも10分も遅い山頂到着

途中の通過タイムも、一昨年PBを出した時よりも常に10分以上遅れていましたが、特に気にせず脚の疲労状態だけに気を配り、下りでもペースを抑えてダメージを抑えて走りました。

それでも。それでもなんですね。2度目の太郎山を迎えるエイドポイント「秋和」の時点で、やっぱり、脚はギリギリ。

行けるとは思うが、決して余裕はない。そんな微妙な感覚です。

いつもはきつさが上回ってあまり怖く感じない「落ちたら死ぬで」の兔峰も、今年は余裕がありむしろ怖さで脚が震えたほどです。

案の定、太郎山登山の後半、完全に脚が止まりペースが一気に落ちました。

フィニッシュ後に、だいぶ前に抜いたはずのランナーとの差がかなり縮まっていたのは、ここからのペースダウンが響いたせいでしょう。

完全に練習不足。このコースで最後まで脚をもたせるには、あまりにも練習が足りていなかったのは明白です。

とはいえ、本番は7月ですので、今の時点でどの程度及ばないのかをしっかり把握できたのはある意味目標達成です。

世界選手権のコースは今回の2倍以上の距離で、累積は4000mですから、傾斜はこれよりは緩やかなはずです。

問題は10時間近く走り続ける絶対的な体力をこれからどこまで積み上げられるかですね。

文字通り「足の踏み場ものない」通称ゴーロ。眼下に見える町並みまでの距離がだいぶ迫ってきていることから、いかに標高を下げてきたかがわかります(また登ります・・・)

フィニッシュ後は、恒例の具合が悪くなり1時間以上寝たきりになり、耐性不足が露呈。

でも、またもやOver48で2位に入ってそうな事実がわかり、気持ちを立て直して表彰式会場へ。

今回は、上田駅前で大々的にセレモニーを実施していただき、とてもいい雰囲気で盛り上がりました。

なんというかこの鬼のようなコースを走り切った人たち同士の見えない一体感を感じられる素晴らしい機会を得ることができました。

上田駅前の広場が表彰式会場。背後のビルに「上田バーティカルレース」のノボリまで!

結局、記録は一昨年の15分遅れの5時間10分59秒で総合22位。

序盤の遅れ分だけタイムが嵩みましたが、終盤は一昨年とほとんど同じペースで走れたことになります。

これ以上のペースで走るには、絶対的に山を走る頻度と距離を延ばすしかないな、と感じますね。

あれほど苦しんだレースですが、やっぱりまたここに立ちたい気持ちになる楽しい上田バーティカルレース。

さて、7月の本番に向けてまずはその一歩を踏み出したわけですが、今回のレースで大体どのような1ヶ月の練習を組み立てれば良いのか、そして足りないことは何なのか、ある程度把握できた気がします。

確実に言えることは、いきなり手っ取り早く力は身に付かず、段階を踏んで徐々にできないことができるようになっていく過程を大切にしなければならないということですね。

次回は、早くも来週14日に控えている地元埼玉での50kmのレース。

この距離にして累積2000mでかつロード区間もある、カテゴリーとしてはいわゆる「トレイルランニング」のレースになります。

おそらく急傾斜の登り下りが繰り返されるようなことはないと思われ、どちらかというと距離に慣れることを目的にしています。

とにかく、足への負荷が高まりますので故障だけには気をつけ、あまりに疲労が大きい場合はDNFも躊躇なく決断しようと思います。

4月振り返り

こんにちは、ランマニアです。

新しいシーズンが始まり、あっという間に一月が過ぎてしまいました。

この4月は、レースを一度も入れず久々にトレーニングだけに集中して取り組めた1ヶ月間となりました。

昨年、故障から復帰して以降も、なんだかんだでレースはちょくちょく入っていて、継続した練習を続ける機会がほとんどなかったのですね。

「練習の一環」という意味合いで出たレースであっても、やはりレース会場に踏み入れた際の気分の高揚感は練習などとは別物で、あまり意気込んで走ったつもりはなくとも、脳や体は普段とは違う緊張感に置かれ、体にかかる負荷も相当なものがあったと思います。

そうした機会が月に何度もあると、回復が追いつかない程度の疲労が蓄積していき、練習の効果が発現しないまま、ダラダラと走る続けてしまう状況続いていた状態です。

4月は、そのような疲労を一旦リセットして、フレッシュな状態でジョグを中心に練習を継続することができました。

疲労がない状態であまり負荷をかけずに、淡々と日々走り続けるのは走ることへのストレスを感じず、練習そのものを楽しむことができた1ヶ月となりました。

一回の練習でもほとんど無理をしていないので、週1日のレストだけで十分回復は間に合い、次の1週間も余裕を持って走り続けることができました。

また、1週間練習を続ける毎に、次の週は若干ジョグの負荷が軽く感じるようになり、同じ練習をしても疲れにくくなっていくことを実感できました。

同じ練習をしても疲労が残りにくくなったので、さらに余裕を残して練習を終えることができ、最終的には無理なく距離を伸ばしていくことができました。

このような循環が生まれることをずっと理想としていて、これまで故障や疲労でなかなかこの状態を生み出せなかったのが悩ましいところでした。

一定のサイクルを1ヶ月間継続できたのは本当に久しぶりです。

ところで、今月からある取り組みを始めました。

7月に出場するスカイランニングマスターズ世界選手権に向けてのトレーニングです。

自分にとっては未知の、水平距離55km、累積標高差4100mという規模のレースを完走するには、相応の準備が必要だからですね。

そのためには、まずは登山道特有の急勾配を登れる(あるいは下れる)脚作りは不可欠で、これにはどうしても定期的な山練習を取り入れていく必要があります。

長距離を速く走る力は、これはこれで維持したい力なのでこれをおそろかにはしたくないので、メインはその練習をしつつも、山に特化した能力の開発と向上も同時に続けていく必要がありました。

なので、大体週に1回程度の頻度でトレイルを走る機会を確保し、徐々に山を長く走れる力を身につけていこうと考えました。

これに関しても、いきなり20kmも30kmも走るのは体に負荷がかかりすぎるため、まずは低い累積標高を軽い負荷で走ることから始め、徐々に距離と累積を延ばして行こうと思いました。

その結果、今月は週末に一日トレイルに出かける日を設け、ひとまず3回ほど山を走る機会を確保することができたのですね。

電車で30分ほどでアクセスできる「奥武蔵ロングトレイル」のコースが、無理なくトレイル力を鍛えられる最適なコースだということがわかりました。

初日は12km、翌週は14kmと延ばし、3週目は21kmをそれほど無理なく走破できるほどの体力が身についてきました。

トレイルはコース状況が目まぐるしく変化するため、実施後の疲労感の割に脚へのダメージが意外と軽く、翌日こそ脚の重さは残りますが、ゆっくりなジョグで繋いでいけば3日ほどで疲労は抜け、1週間練習を継続することへのマイナスの影響はそれほどありませんでした。

トレイルの経験が積み上がり、練習への耐性ができてくると、さらに回復も早くなっていく実感も持てました。

こうして、漸増的に負荷を上げていき、4月は概ね想定していた通りの練習と、体の仕上がり具合を実現することができたなと感じます。

まだまだ世界選手権のコースを走破できるほどの走力には程遠いですが、そこに到達するためのひとまずのベースは構築できたかなと思います。

トレイルは3回に分け頻度を確保し、総距離も13%程度を維持できました。

5月は、まずは毎年恒例の上田バーティカルレース(バーティカルとスカイレース)があります。

バーティカルの方は、比較的追い込んで順位を記録を狙おうと思いますが、翌日のスカイレースはジャパンシリーズ中最難関のコースですので、これは世界選手権当日を想定して、序盤からしっかりと温存して余裕を持たせて走る練習にしたいと考えています。

実はまだ1度しか完走したことがない上田スカイレース。まずはこの累積3000mを余裕を持って攻略できなければ、世界選手権の完走はあり得ません。

そのほか、5月は中旬に累積は2000m程度ですが50km規模のレースが一度と、下旬にはTwitterの有馬さんにお誘いいただいた箱根外輪山での50kmのトレイルを予定しています。

5月はトレイルの距離が一気に延びるため、ここはかなり故障には気をつけなければなりません。逆にここを故障なく乗り切り、トレイルを走る力と耐性がワンランク上がれば、今まで見えなかった世界が見えてくる気がしています。

約1年ぶりに月間350kmを超えた月になりました。距離自体にこだわるのではなく、これくらいのボリュームを余裕を持って継続できる力を身につけていきたいのですね。

今月は久々に月間350kmを超えました。高強度練習はほとんど入れていなかったため、かなり余裕を持ってこの距離をこなす事ができましたが、これくらいのボリュームは最低ラインで、最終的には400kmから500kmくらいを走っても故障しない体を身につけたいと思ってはいます。かなり難しいことですが・・・。

ともあれ、レース本番までの4ヶ月で必要な準備のうち、まずはその最初の基礎を構築する段階はクリアできたと思います。

3月振り返り そして次の1年へ

こんにちは、ランマニアです。

今シーズン最後のレース、多摩湖駅伝が終わってから10日間。次のシーズンに向けての休養期間を置いていました。

1月以降はレースが続き、故障明けのため序盤のレースはトレーニングの代替的な位置付けでしたが、それでも負荷はそれなりにかかっていたため、絶対的な練習量はだいぶ不足していたのがわかります。

もともと故障明けで走行距離が減っていた10月以降ですが、1月以降もレース続きでフルを走るには無謀なほど距離が足りていませんでした。

3月は、板橋シティマラソンに向けてそれなりに距離を踏みつつ、一方では疲労を抜かなければならない難しい状況で、結果的にそのどちらも成し得なかったと言わざるを得ません。

1月から続いた10km駅伝シリーズと、2月の深谷ハーフの疲労は想像以上に残っており、マラソンを迎えるには、もう一月ほど猶予が欲しかったところです。

そもそも論として、本来故障をしなければ11月のつくばにピークを持っていく予定だったことを考えれば、スケジュール的に3月のマラソンに合わせようとしたこと自体にやはり無理があったなと。

当ブログでも再三触れましたが、とにかく6月の足底筋膜炎があまりにも痛すぎて、練習ができていない体で騙し騙しレースに出るのがやっとの状態だったわけで。

そんな状態で体を仕上げるには、あまりにも期間が足りなさすぎたというのが現状です。

ただ、シーズン最終盤ではレースがそこそこ刺激となり、最後の板橋や多摩湖駅伝などでは、今シーズン入れたことのなかったゾーンにかなりの刺激が入り、1月以降は満遍なくあらゆる強度の「トレーニング」を取り入れることができたのも事実です。

とはいえ、今シーズンもう少し余裕があれば、マラソンペースでのロング走をもう少し入れておきたかったのですが、それが0に終わってしまいまったのは誤算でした。

最後の最後の板橋でようやくそれが叶いましたが、練習で一度もやらずにいきなり本番では、当然結果など残せませんね。

さて、今シーズンは兎にも角にも、転職1年目で生活スタイルが大幅に変わったこと、それに伴ってトレーニング環境をどう整えるかに苦心した一年となりました。

一年を振り返ると、故障で走れない期間が過去最大になったという異例の事態もありましたが、それ以前に仕事が変わり大幅に生活スタイルが変化したことが、あらゆることに影響したなと実感しています。

まず、通勤時間が片道で約3倍になったということですね。

往復にすると、昨年までより約2時間ほど余計に時間を奪われることになりました。

この絶対的に変えられない状況の変化があり、どこにトレーニングの時間を取り入れるかというのがいまだに解決しきれていない大きな課題となっています。

最終的には往復の通勤経路で4.5km〜6kmほど走る区間を設け、平均して1日で10km程度距離を踏めるようなスタイルに落ち着きはしました。

昨年度は、故障でこれ以上距離を伸ばす機会がありませんでした、明日から練習を再開した後は、平日に1日は20km程度走る日を確保したり、LTやVO2Maxに刺激を入れるような練習も取り入れたりする工夫をして、もうワンランク上のトレーニングサイクルを維持できる生活スタイルを目指したいと思っています。

今シーズンはとにかく、新しい職場、全く新しい業務に体が慣れるのに相当な時間とエネルギーがとられ、過度なストレスもかかったことから、年間を通して練習を継続できただけでもひとまず及第点だったのかもしれません。

来シーズンは、まずは今年度よりは仕事に対する慣れは進み、精神的な余力を持ってトレーニングを続けられるはずです。

昨年度は仕事に慣れるのに心理的に一杯一杯で、走っていてもなかなか走る方に集中を維持できない状態がしばらく続きました。

その分、来年度はメンタルのリソースをだいぶ練習のほうに割り振ることができると思われ、もう少し練習のボリュームから改善できるのではないかと期待しています。

そうした見通しから、次のブログでは来シーズンの年間の予定を改めて整理して報告しようと思います。

多摩湖駅伝に出場してきました

こんにちは、ランマニアです。

さて今日は、毎年春分の日に開催されている地元の駅伝、多摩湖駅伝に出場してきました。

コロナ騒動で3年間開催が見送られてきた中、今年は4年ぶりにこのレースが戻ってきました。

毎年春分の日に開催される多摩湖駅伝。過去には、桜が満開の日も、雪の日も。

一昨日はマラソンを走ったばかりで、確実に無謀なスケジュールでの出走となりましたが、この多摩湖駅伝だけはどうしても外せない理由があるのですね。

この多摩湖駅伝に、今のメンバーで出場し始めたのは今を遡ること28年。我々がまだ大学2年生の頃です。

大学2年の頃はランマニア自身、体調を崩していて本格的にこの駅伝に参戦していた記憶が残っていないのですが、3年、4年と徐々に体調が戻ってきて以降、学生時代にはよくある「現役力」を発揮して市民大会で圧倒的な強さで優勝するぞ、という邪な考えで、年に一度レクリエーション的に参加し始めるようになった大会であったのですね。

ところが、この大会には毎年必ず、同じような考えでまさに「圧倒的な」強さで優勝を掻っ攫っていくチームが存在するようになっていきます。

時には自衛隊が。時には元オリンピック選手が。そして時には現在ニューイヤー駅伝に出場するようなチームが。

毎年のように我がチームの前に立ちはだかり、優勝を阻んでいくのでした。

そして我がチームといえば、常に2位か3位に甘んじて、何年出場してもどうしても優勝だけが成し遂げられない状態が続いていきます。

20代、30代の頃は、本気でこの大会で優勝するために毎年練習と試走を重ね、ベストメンバーを揃えて臨んだものでした。

今から10年以上前はこうして上位に名を連ねることが数年にわたって続く、ある意味本大会での有名チームとなりました。

こうして、次第にこの大会で優勝することへの執着心が増し、初めは軽い気持ちで出場し始めたこの多摩湖駅伝が、ランマニアや我がチームにとっていつの間にか重要な「ライフイベント」となって行ったのでした。

たかが多摩湖駅伝、されど多摩湖駅伝。

気づけばもう、30年近く同じメンバーでこの大会に出続けていることになるのですね。

そして、4年ぶりの開催となった本大会。

流石に我々も歳を重ね、本来であればもう「壮年の部」での出場権が得られる合計年齢となりましたが、それでもあえて「一般の部」で挑戦しました。

今年は高校の部も統合されてしまい、我々「年配」には少し厳しい現実。

結果はご覧の通り。

例年、高校生は別部門であったため、純粋な一般の中では9位くらいには入れる結果となりました。

かつては、区間順位も2位とか5位とか、その辺りをキープできていましたが、流石にもう10位に入るのがやっとの状態。スピードもかなり落ちたな、と感じます。

ただ、一方で30年近く経った今も、同じメンバーでこの位置にいられるのは、まだまだやれるんじゃないか、と手応えを感じたのも事実です。

多摩湖の築堤工事が終われば、再び一区間7km以上のロングコースとなるため、我々「壮年」にも若干の希望が見えてきます。

3年間この大会が開催されず、若干気持ちが遠のき始めた多摩湖駅伝ですが、久しぶりに出場してみると、やはり若い人たちと競い合うのは楽しいと感じました。

メンバーもなんとか走力を維持していて、まだまだ老け込む状態でないこともわかり、これからもこのメンバーで走り続けたいと再認識できた今回の多摩湖駅伝した。

北は仙台から西は兵庫まで、この日の為にお金と手間をかけて集まってくれるメンバーには本当にご苦労かけますが、年に一度の「同窓会」にこれからもお付き合いいただければと思います。

板橋Cityマラソンに出場してきました

こんにちは、ランマニアです。

マラソンは、難しいですね。

というより、自分の体の特性では、よほど調整がうまくいかない限り、この種目で結果を出すのは並大抵のことではないな、と毎回感じます。

今シーズンは、4月から計3回のマラソンに出場しました。

最も練習を積めていた4月の長野マラソンはDNF。

次に練習を積めていた今日の板橋はほぼDNFの3時間9分。

そして、最も練習ができていなかったつくばマラソンがネガティブスプリットのサブスリー。

つまり、自分の場合、練習が積めていたかどうかよりも、いかに疲労(自分の場合は慢性疲労症候群の症状)が抜けている状態であるかの方がとても重要だということなのですね。

一方、今日の失敗の遠因は(いやむしろ直接の要因とも言えますが)、7月から故障で3ヶ月走れなかったことではあります。

7、8、9月とほとんど練習皆無の3ヶ月を過ごしたのは、冬から春にかけてのマラソンを走るには大きな痛手でした

通常、2月3月のマラソンを走るためには、例年7月8月あたりはかなり走り込んでいた現実があります。

それにより、11月以降、レースが立て込んできてもその回復が遅れることもなく、むしろいい刺激となりながら冬場に体を仕上げていくことができていました。

ところが、今回3ヶ月ものブランクを作ってしまったことで、基礎的な持久力も回復力も一気に衰えてしまい、ようやく復帰した後もなかなか長い距離を重ねていく体力がなく、強度の高いレースばかり迎えているうちにどんどん調子が落ちていった、という感覚です。

今回、確かにハーフマラソンの後3週間でマラソンを走るのは、自分の体ではかなり無理がありますが、夏場からしっかりと距離を踏んでいれば、ここまで調子を落とすことも無かったのではないかと考えています。

昨年故障から復帰した後の11月からのトレーニングを振り返ると、月間の走行距離はフルマラソンを走るためには明らかに足りておらず、その一方でレースはコンスタントに出場している状態でした。

疲労が抜けていた分、レースではそこそこの結果を残すことができましたが、絶対的な回復力が高まっていない中で、高い強度のトレーニング(レース)を次々と入れていっては、そのうち調子が下降していくのは目に見えていました。

今にして振り返ると、2月に出た埼玉県駅伝が一つのピークだったと思われ、そこから徐々に調子は下降線をたどり、深谷の頃には慢性疲労症状が「走れない程度の閾値」を超えてしまったように思えます。

確かに、だいたいLT付近のペースで走り続けるレースが続いたことで、10kmとかハーフとかのペースで走り続ける力はそこそこついてきたという実感はありました。

ただ、そもそもマラソンを走るために必要な絶対的な距離は足りておらず、そのための練習を続けても疲労を溜めにくい体が、全く出来上がっていなかったと考えています。

とはいえ、実は練習が積めていた時期(月間で350km以上)にあっても、今日のようなマラソンでの失敗は数え切れずあり、疲れやすい自分の体で、トレーニングを重ねながら疲労を溜めないようにしていくのは相当な難易度であると思っています。

7年前に東京マラソンで2時間40分を切った時も、その4ヶ月前に出たさいたまマラソンでは3時間20分近くかかっています。

通常、いくらレースで失敗したと言っても、自分のベスト記録からここまで落ち込むことはそうそうなく(他の種目ならここまで落ち込まない)、マラソンのような長丁場になればなるほど、自分の疲労症状が影響しやすくなってくるのは明白です。

だからこそ、なんとかそこを克服・攻略して走れた時の喜びは何倍にもなるのですけどね。

さて、実は明後日にもう1レース駅伝が控えていて、マラソンの2日後で肉離れ等の心配がかなりあるのですが、なんとかそこを乗り越えれば今シーズンも一旦終了します。

そのあとは3月中は走らず、4月からのトレーニングに向けて体を一度リセットさせようと思っています。

ふかやシティハーフマラソンと2月まとめ

こんにちは、ランマニアです。

今日は久々にレースでやらかしましたね。

昨年4月の長野マラソン以来でしょうか。

昨年度開幕レースで豪快に失敗した長野マラソン

ここ数日、お腹の調子が悪く、また昼間から猛烈な眠気に襲われ、朝も起きれないという、体調が悪い時の諸症状が軒並み現れていました。

長野マラソンの数日前も立っているのがかったるく感じたり、車を運転していてすぐに眠くなるような症状があり、だいたいレースで走れない時はもうその数日前にはある程度予兆が表れているのですね。

先週、レース1週間前としては異例の30kmジョグをしてしまったことも一因である可能性は否定できませんが、それ以上に先週は睡眠が足りておらず、週の後半の連休でその疲労がどっと出てしまった印象です。

今日はアップの時から足が重く、あまり長く走りたくない感じがして、ちょっと嫌な予感はしていました。

調子の悪さに加え、猛烈な強風に見舞われた7年ぶりのふかやシティハーフ

スタートして、思ったより足が動くな、と思い1kmの通過を見ると3分30秒と、ほぼ予定通り。

呼吸も意外と楽で、今日はこのペースを維持して目標の14分台を達成しようと、序盤は比較的前向きな気持ちで走ることができました。

ところが、その後すぐに猛烈な向かい風に見舞われ、一気にペースダウンします。

ラップも3分40秒台まで落ち、ちょっと今日は記録を狙える条件ではないと感じました。

長身ランナーの後ろに周り、体力を温存しながら10kmあたりまで余力を残して走りました。

しかし、その後追い風区間になり、若干ペースは戻すものの14km付近で急に足が止まりました。

呼吸は楽ですし、足が終わったわけではなく、4月の長野のような体がしんどい感じです。

あ、残り7kmはちょっと厳しいな、と気が遠くなるようなしんどさを感じ始めました。

そうこうしているうちに、お腹も痛くなり、トイレが我慢できない状態になりました。

ああ、いつも疲れてる時によくなるやつだ・・・、と今日はもうダメなことに気づきます。

トイレに入り、まずは3分以上のロス。

その後、キロ3分40秒くらいでどうにか維持しましたが、残り2kmで再びトイレが我慢できなくなり2度目のトイレ休憩。

ここでも同様に4分近いロス。

その後ペースも戻らなくなり、結局1時間23分以上かかってのフィニッシュ。

残念ながら、このタイムでは東京マラソンの準エリート枠はかないません。別のレースでもう一度チャレンジです。

深谷ネギはシンプルに焼いて食べると絶品です

さて、今回は仕事の関係で、なかなか体調を維持するのが困難な状況になりました。

仕事をしている以上、こういうイレギュラーな対応は年に何度かあるわけで、そうした中でも体調を維持できるマネジメント力は競技者には要求されますね。

先週、30kmではなく20kmにしていればもう少し調子を維持できた可能性はありますが、本命が3月のフルである以上、2月は少しでも距離を踏んでおきたかったことは事実です。

予期せぬ仕事の対応と調子の維持が両立できる方法を、今後模索していく必要がありそうです。

走って稼げない以上、日常に仕事が存在するのはデフォルトなので、そこは言い訳にならないですからね。

リカバリーの観点からも労働時間のマネジメントは重要ですし、走るために必要な資金を手に入れている時間であるならそれも広い意味でトレーニングだと考えています。

とはいえ、この2月はようやく理想としている練習サイクルに戻しつつある月になりました。

練習日数は20日間で距離が220km。概ね月間300kmペースに戻し、かつ、レースを使ってLT域にかなりの刺激を入れられました。

レースがあったことで、どうしてもレストの期間を挟む必要がありましたが、その中で先月の奥むさし駅伝も含めると、一月位LT域に刺激を入れ続けることができました。

今日は集団走であったとはいえ、前回の埼玉県駅伝とほぼ同じペースで15kmほど持つようになったことで、だいぶ走力の回復を感じました。

駅伝と今日のレースを入れると、約一月で40kmほどLTペースで走ったことになります。

VO2Maxへの刺激が圧倒的に足りてなく、今日もキロ3分20秒台にかかると急激に呼吸がキツくなるので、本当はここへの刺激をもう少し入れたかったのですが、フルにはあまり必要でない能力なので、残りの3週間は大人しくジョグで繋ぐ予定です。

レースが続きなかなか距離が伸びませんが、20日で220kmなので負荷としては先月よりも増加しました。

さて、板橋シティマラソンまで残り3週間です。

今調子としては底なので、ここからどう回復させるかですが、まずは1週間は休もうと思います。

脚の疲労というより、体全体が疲れてしまっているので、そこを回復させてからでないと練習しても疲労が増すだけですから。

できれば毎日しっかり睡眠をとって調子を整えたいところですが、突発的な仕事が入るとそうもいかなくなります。

そういう時に、どうマネジメントするかが鍵となりそうですね。

いずれにしても、今シーズン最後はある程度の手応えを感じて、来シーズンの見通しが持てる程度の結果を残して終えたいと思っています。